私の名前はルイザ・ウェルズリー
ウォール・マリア遥か北にある国ローゼンハイムの宮廷魔術士であり、そして今からここに記す事は全て事実である事を明記する。


ローゼンハイムは巨人の驚異に常に晒されながらも魔法と錬金術で栄えた国だった。
両親を早々に亡くし祖母の元で育った私は20歳の時に魔法の腕を陛下に認められ宮廷魔術士として生きていく事になる。大魔術士でもある陛下と殿下は穏やかで優しく民から慕われており私にとって祖母と同じく親の様な存在だった。
お2人にはご息女であるレイ様がおられたのだが生まれつき身体が弱かったレイ様は、6歳の誕生日を迎える事なく病気でこの世を去られた。突然の吉報に嘆き悲しむ民。
『何故レイなの?ねぇレイ起きて?』
国葬の際にまるで静かに寝てるようなご遺体に縋り付き涙を流されていた殿下のお姿は忘れられない。

国葬から数年経った頃。
ふいに陛下と殿下が私の元を訪ねてこられた。私の仕事は主にローゼンハイムに仕える魔術士達により高度で確実な魔法を教えたり、錬金術で薬を錬成したりする事。しかし人見知りな性格もあるため普段は地下にある自分の研究室にいる事が多かった。どうされたのだろうか。

『もう一度レイに会いたい』

殿下は仰った。ずっと悩みに悩んだ。我が子であっても死者は死者。再び永遠の眠りから魂を起こすなどしてはいけない。でも諦めきれなかった。姿形なくとも声だけでもいい。あの子に会いたい。

『大きくなったらルイザみたいになれる?』
『レイ様は宮廷魔術士になりたいのですか?』
『うん!』
『それではまず好き嫌いをなくしましょう』
『えぇー!…んー…でもがんばる!絶対ルイザとお揃いになるんだ!』
『ふふ、楽しみにしてますね』

私はいつの間にか泣いていた。
ふと昔レイ様と話したことが鮮明に思い出されたのだ。私も会いたい。あの明るい太陽の様な笑顔に会いたい。慌てて謝ると話の旨を了承し、それならばと一つ提案をした。ローゼンハイムで唯一私にしか出来ない事がある。それは最大の禁忌といわれる人体錬成や魂との疎通など死に纏わる魔法と錬金術だった。唯一である理由は(この先はインクが掠れており読めない)
もちろん犠牲無しでは成功し得ない事など重々承知だ。人道に逆らうと分かっていても誰に何と言われようと構わなかった。今まで散々な程に良くして頂いたのだから犠牲になる事など痛くも痒くもない。それだけはいけない、犠牲のない疎通の魔法だけでいいんだと仰るお2人にその時初めて逆らったと思う。

(何か方程式の様な難しい式が書かれているが解読出来そうにない)

それから人体錬成の準備と改めての研究を着々と進めついにその日がやって来た。地下室一面に書かれた魔法陣とその中心に横たわる綺麗なままのレイ様のご遺体。失敗は何があっても許されない。既に覚悟はあの日から出来ている。一息吐くと私は魔法陣の上に両手を置いた。すぐにあちこちからバチッと魔法陣から魔力が溢れ出す。魔力は次第に大きさを増していき一瞬にして青い光となって地下室全体を包み込んだ。

『!』

目が覚めると何ら変わらない地下室、そこに私と死んだはずのレイ様がペタリと座り込んでこちらをじっと見ていた。手を伸ばすとレイ様はその手を握り返してくれたものの首を傾げた。

『だれ?』

恐らく今までの記憶と知識がなくなっている。それでも私はレイ様の手を引いて玉座の間へと急いだ。お2人はそれはもう目が飛び出すくらいに驚き、至極不思議そうに両親である自分達を見つめる我が子を見て泣いておられた。記憶がなくても知識がなくても良いのだと。私もつられて笑顔になる。

『!ルイザ、お前…』

気付かれたお2人に対し首を横に振る。それに謝るのは私の方だった。不完全な人体錬成をしてしまったのだから。予定では亡くなった当時のままのレイ様を錬成するはずだったのに。
私の犠牲ともいえる『罰』は『声と全ての魔力』だった。
それをレイ様が引き継いだのだ。
その日から私は彼女の身体を詳しく調べる仕事を仰せつかる事になる。研究の結果レイ様は私が以前使っていた魔法を使える、使う属性によって瞳の色が変わる、そして身体の細胞が10年に1つ歳を取る細胞で出来ている事が分かった。

それから20年後、変わらず平穏に時を重ねていたローゼンハイムはとうとう巨人の侵略と前面的に戦う事になる。陛下達は民とローゼンハイムを守る為に軍隊を自ら率いて前線に出られ、その時7歳になるレイ様を私に託された。侵攻が激し過ぎる。恐らく私達は生きて帰れないしこの国も終わりだろう。あんな怪物にしてやられるとは悔しくてたまらないがね。そう、私達ローゼンハイムの最大の弱みは巨人の弱点を研究に研究を重ねても見つけられなかったことだった。

『お前は本当に良くやってくれた。行きなさい』
『いい?遠くへ逃げるの』
『にげる?りょこう?』
『そうよ。いっぱい楽しんできてね』
『わかった、おみやげ』
『えぇ、待ってるから』
『うん』
殿下は最後にレイ様を抱きしめた。
そして私の手を握る。
『ルイザ、今までありがとう。あなた達にローゼンハイムの御加護がありますように』

仲間の魔術士に地図をもらったのだ。南に今はウォール・マリアではないがウォール・ローゼがあると。私はレイ様の手を引きひたすら南へと走った。ここまでどのくらい走っただろうか。地図を確認するとあとこの森を含めて2つ抜ければウォール・ローゼに着くらしい。

『…』

だが辿り着けそうもない。
巨人に気付かれたみたいだ。
幸運にも私にしか気付いていない。
逃げる事は到底無理だろう。
地図を渡しレイ様の指を特殊な握り方で握る、私達にしか分からない2人だけの話し方。

『わたしも すぐいきます さぁ はしって』

そしてトンと背中を押せばレイ様は言葉を疑う事なく走り出した。後から来ると本当に信じてくれたみたいだ。前の彼女なら嫌だ!絶対嫌だ!と駄々をこねるだろうから今の彼女を錬成出来て結果良かったのかもしれない。

さて、長々と書き綴った。
今でも彼女の記憶と知識は曖昧だ、だから時間が経てば何もかもをきっと忘れてしまうと思う。それでもいい。それでも私が最期に願う事はただ1つ。
いつまでもレイ様が幸せに過ごされる事だ。これを見て誰かが彼女に救いの手を差し伸べてくれることを願って止まない。
あなたにローゼンハイムの御加護がありますように。

以上を私ルイザ・ウェルズリーの手記とする。



ありがとう。さようなら。お元気で。
(最後の文章は涙で滲んでいた)

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