「き」
「あぁ」
「おおきい…」
「ここじゃ1番大きいかな確か」
「ちゃいろと、みどり」
「そうだな」
「よく見つけたねレイ」

朗らかな午後の調査兵団にとっては少し可笑しな光景。ミケ、ナナバ、レイの3人組。先の大人2人は同班なため共にいることは珍しくもないが、その可笑しな光景の原因はミケがレイを肩車していることだった。それだけでも父親と娘に見えるのに加えて隣にナナバがいる事で更に3人の『家族に見える感』をこれでもなく高めている。

こうなった経緯は簡単でエルヴィンに頼まれたからだ。優秀な補佐官のおかげで仕事が片付いていたミケはナナバと共に二つ返事で了承した。といって頼んだよの声と共に団長室の定位置から連れ出しはしたが、はしゃぐことなくいつもエルヴィンから貰った図鑑をひたすら音読してるレイと何をしたらいいのか全く分からないミケ。真顔で歩きながらも分かっている。悩んでる悩んでる。いつも助け舟を出すのだってナナバの仕事だった。

「そうだレイ、図鑑の中身探しに行こっか」
「なかみ?」
「そうそう、」
「なかみ…」

レイの許可を得て図鑑を貸してもらうとナナバはパラパラとページを捲る。兵舎内ですぐに見つかる手頃なモノ…あった、木。

「これ木でしょ?」
「うん」
「ホンモノ見に行かない?」
「ほんもの…さわれるの?」
「もちろん」
「いく」
「じゃあ肩車してもらいな、滅多に体験できないことだからね」

こうしてミケはレイを肩車することになり『図鑑の中に載ってる物を探しに行く旅』が始まった。最初はあまりの高さに暫く瞬きを繰り返し固まっていたレイだったが子供とは順応性が高い存在のようで、今ではすっかり図鑑を読みながら時折2人とも会話できるまでになっていた。

冒頭で見つけた木の大きさに驚きと感動を隠せないのかレイの口は『おぉ』の形で止まっている。

「…ミケ」
「どうした?」
「さわる」

ミケが少し木に近づく。肩車されているから高い位置にある葉にもすぐに手が届き、レイは葉にそっと触れた。軽く引っ張っても取れないのか。撫でたり軽く指先で叩いたり、ツルツルしているようなそれでいてザラザラしている。図鑑で見たよりも木は遥かに大きくて、綺麗。緑も茶色も綺麗だ。うん、満足。木を覚えた。レイは葉から手を離すとミケの髪の毛をクイクイと軽く引っ張った。

「ミケ、ナナバ」
「お、満足した?次行こっか?」
「うん」

それからというもの兵舎にある物の名称を図鑑と照らし合わせながら2人はレイの好奇心にひたすら付き合った。兵舎の壁にペタペタと触れ、水に触れ透明という色があるのを知った。石は固くて草は風に吹かれてペラペラしてる。土は柔らかくて味がしそうだったから口に入れようとすれば案の定怒られ、途中アリって黒い虫を見つけたがこれは本よりも随分と小さくて驚いた。道中すれ違った兵士にこんにちは、挨拶はちゃんとってエルヴィンと約束したから。今はこんにちはの時間だ。ミケよりもずっとずっと高い所にあるのは太陽と空。どれだけ手を伸ばしても掴めなくて悔しがるレイをナナバが笑いながら見ている。降ろしてもらっては次から次へとこれは何?あれは?説明を聞きながら触って匂いを嗅いで存在を確かめる。見れば見るほど触れば触るほどに少しずつ膨らんでいく自分の世界に、レイは時間が経つのも忘れて無我夢中だった。それでも肩車が気に入ったのか終始彼女はミケの肩の上にいたが。そして3人組の小さな旅は夕方になるまで続いたのだった。

「ただいま」
「お帰り、今日はすまなかった」
「こっちも新鮮で楽しかったよ」
「ミケとナナバとたくさんみて、たくさんさわってきた」

辺りが薄暗くなる頃に団長室へ送り届けるとエルヴィンにそれだけを報告だけしてレイはいつもの定位置へと座り込んでしまった。今日の復習と言わんばかりに図鑑を開いて熱心に読んでいる。余程楽しかったのかその声はいつもより大きくハキハキとしていた。

「レイ、読む前に2人にお礼を言いなさい」
「散々言われたから平気だ」
「パパがいる」
「満更でもなさそうだが」
「年齢差でそう見えてしまうのかな?」

僅かな談笑の後にさて、と話を切り替える。

「何か使ったか?」
「アリ見て驚いた時の時に赤くなったのと、桃色になった。これは初めてじゃないか?」
「どうなった」
「小さな小石にレイが手を伸ばした時、そしたら見事に引き寄せられてたもんね」
「あぁ」
「意図的にやってる様には見えなかったけど」
「そうか、分かった。本当にありがとう」
「どういたしまして、じゃあレイまたね」

去り際にナナバが手を振ると見様見真似で手を振り応える。面倒を見る他に彼女が持っている能力の監視、という目的があった。そしてまた新たな能力を使ったという。

「…不思議だな」
「ふしぎだね」
「レイ」
「?」
「不思議だな」
「ふしぎだね」

でもエルヴィンはいずれこの子はどういった経緯で産まれこの能力を持ち、どこから来たのか分かると確信していた。進行にしろ後退にしろ変化のない物事はないからだ。しかし今は最近覚えた小さな笑顔という成長に喜びを表すだけにしておいた。

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