朝は普通に起きたはずだ。女になった初日や2日目くらいは起きた時の普通のベッドでも感じた余りようと、下半身の相棒の見事な行方不明っぷりに何度か眩暈を覚えたがそれ以降は腹を括った。女になったショックから何時までも抜け出せなくて落ち込んでる最中に巨人にパックリ喰われてミケは死んでしまったんだ。そんな最期をふと想像したら恐ろしく情けないと思ったから。
寝る時はどうにも衣服の締め付けが嫌だったのでずっと下着で寝ていた。その上に兵服を着ていく。ハンジにもしもの事があったらどうすんの!服着て寝ろ寝なさい!と怒られたけれどもしもの事ってなんだ?適当に返事をして流しておいた。それから部屋を出て賑わう食堂で1人のんびりと朝食を食べ終えた時だったか。

「あぁいた!ミケ、なぁちょっといいか!?」
「?」

声の正体は少し慌てた様なエレンだった。朝から元気なのは若い証拠。おはようと声を掛けようと思ったらそれを遮られガバッと頭を下げられた。

「立体機動教えてくれ!!!」

所謂『俺とお付き合いしてください!!』並の勢い。俺達付近の周りが少しざわつく。何だって?

「……え?」
「頼む!!」
「あ、ええと…その、」

ジロジロ ざわざわ ヒソヒソ

すんすん。短時間でもあまり聞きたくない単語が周囲からジワリジワリと聞こえてくる、ような気がする。俺は今分隊長ではないから前程に仕事はないしある程度の猶予もある、だから教えるのは百歩譲って別に良いんだがそれならもっと他に頼み方はなかったのかと言いたい。恥ずかしい。熱意は分かったがもっと他に頼み方は(略)すんすん。

「…わ、分かった」
「本当か!?」
「うん…だから、先訓練所行ってて」
「ありがとな!じゃあ待ってるから!」
「…速い」

もういない。そして俺の皿もない。片付けてくれたのはせめてもの礼のつもりなんだろうか。すんすん。まぁいいか。訓練をするのは悪い事じゃないから。席から立ち上がると俺も訓練所へと向かう事にした。恥ずかしかったので少し早足で。

「…」
「ぶっは!ねぇ見た見た!?ド直球で行くなんて若いなぁ」
「食いながら喋るな」
「あの時エレン達も訓練所いたんだもんね、そりゃ気にもなるか」
「やらせとけ」
「いいの?あれ一目惚れとかじゃない?先に取られちゃうよ?」

その時小気味よく頭を引っぱたく音が食堂内に響いたのをミケは知らない。


*


「っと…どうだ?」
「さっきよりも重心は安定してるけど、」

立体機動を使って模型を削ぐ練習をするエレンに指導官まがいなことをいつの間にかする事になってから数十分。素質もあるし注意点の飲み込みも早いがやはり力任せが出てしまう。本人も気付いてるか怪しいところだしそれにすぐに直るものではないからこれは仕方ないか。降り立ったエレンが持つブレードを上から握る。

「こっちの手」
「へ!?」
「どうかした?」
「い、いや何でも…」
「力が入り過ぎ、もっとリラックスしないとアレは削げても巨人の項は完璧に削げない」
「お、おう…」

ミケはエレンの手に自分の手が重なってるから彼が動揺している事に全く気付いていない。精神年齢は変わらないのでミケからしたら『たかだかそんな事で』くらいの話だった。しかし気だるそうながらも妙に色気がある彼女に間近で見つめられては年頃真っ只中の男は気が気でないのだ。おまけに自然と身長差から見上げられる形になり、とにかくエレンの心臓は徐々に音を上げるのだった。

「エレン」
「ん?」
「何で私に声かけたの?」
「いや、それは…」

あの立体機動の動きを見れば教わりたくもなる。教わる事が目的なのは本当だ。だが同時に彼女自身と話もしてみたい欲求もあった。それは言えずに口篭るエレン。しかしほぼ同期でありながらなかなか会うことのない彼女。そんなミケにやっと会えた、何故かここで誘わなければずっと話せないままになると焦った死に急ぎ野郎が考えついた誘いが食堂でのアレだったのだ。もう若さ故の、としか言いようがない。

「誘い方に驚いたけど」
「悪ぃ…」
「でもあなたらしさってことでいいのかな」

とりあえず今日はここまでにしよう。これ以上やっても疲れるだけだし、私で良ければまた時間が合えば。思えばかなりの付き合わせてしまった。この短時間で彼女は多くのことを教えてくれたし少しだけでも話せたから、良かった。

「…長々とありがとな」
「どういたしまして」

パッと手を離し小さく笑うミケ。お疲れさま、じゃあ先に兵舎に戻るねと歩いていく後ろ姿。聞けば前回の壁外調査で巨人、しかも奇行種を無傷で討伐しアルミン達を守ったって。普通の新兵じゃない、アイツ等が言っていた。それよりも温かった手が急速に冷たくなっていく様な。エレンは喜びの中にも何かを感じていた。大事な宝物を手放したような哀しさと何処からかやって来る美しい少女に対する哀れみを。


*


階段を登り2階。やっと来た。腕を組んでドアに寄りかかってギロリ。何時間いやがった。覚えてない、そんな顔してたらここの廊下誰も通れないだろう。俺に用があるのは分かったから。ドアを開けるとスタスタと進みベッドに腰掛け、それで用件は何だと聞かれれば問答無用で左手を掴み上げた。

「離せ」
「何処で切った」
「?」

掴んだミケの手のひらにはうっすらと赤い線が刻まれている。知らない間にブレードに手が触れてたのかもしれない。痛くない。知らない間だと?ふざけるなよ。

「舐めとけば治る、離せ」
「エレンか」
「俺の不注意だ、エレンは悪くない」
「痛くねぇんだろ?」
「っ!」

返答に腹が立った。だから切り傷に爪食い込ませりゃ当然の如くミケは痛がる。睨んでくるが意味ねぇな。更に強く食い込ませたら反射的にコイツの身体が震えた。いい気味だ。

「リヴァイ!」
「舐めときゃ治るんだったな」
「なに、!」

それなら舐めてやる。
骨張っていない白い柔らかい手。そのまま傷口に舌を這わせば言わなくても伝わってくる鉄の味と、少しの支配感。
ミケは俺の行動が想像の範疇を超える出来事だったのでどうしていいか分からないらしく顔を少し赤くしてされるがまま。ざまぁみろ。どうした、何で赤くなってんだよ。今までのお前なら殴りかかってきただろうが。聞いたら慌てた様にそっぽ向いた。クソが。人の調子狂わせやがって。
それにしても一人で掻っ攫った上に傷を付けて帰すとはあのクソガキ、躾のし直しついでに一度半殺しにしねぇと。少し怯えたようなミケと目が合った。

「っリヴァイ…汚いから…」
「黙ってろ」
「怒ってる…のか?」
「さぁな」


嫉妬は恋の姉妹である。悪魔が天使の兄弟であるように。
byブーフレール

- ナノ -