「あ」
「?どうした」
「あっちにいるの、リヴァイ兵長と…誰だろう?」

調査兵団になってもまだ新兵になりたてに変わらない僕等104期生は、任に当たってない時でも時間があればこうして訓練所で鍛錬を積むのが当たり前。訓練は自分の生存率の向上に直結してくるから。そんなこんなで今日も一通りの訓練を終え立体機動を片付けていた僕が目にしたのは、遠巻きにいるリヴァイ兵長と誰かだった。ちょっとクリスタに似てたから口から名前が出そうになったけど、クリスタ本人は今ユミルとサシャと後ろで話しているし。距離的には2人が何を話しているかなんて全く聞こえない。けど見てる限りでは兵長がその人に立体機動を教えてる様に見えた。

「中途入団かもしれない」
「ミカサ…急に後ろから話しかけんな心臓に悪ぃだろ。でもこの時期にか?」
「確信はないけれどあの子は見たことがない」
「うん、それにしても」

教わってる様に見える割にはテキパキとしてるというか、手慣れてる?それともここに来るまでに相当叩き込まれたのかな?憶測はいくらでも立つけれど分からない。エレンは興味津々といった感じで向こうを見てる。

「何はともあれちょっと見てみようぜ、場合によっちゃ同期になるかもしれねぇだろ?」

彼女は、ただすごかった。


*


「どうだ」

エルヴィンに頼まれた日の翌日、俺達は訓練所に来ていた。デカブツだったという過去が影も形もなくなったコイツが今、女になってもどれだけ動けるのか兵士としての能力はあるのかなどを確認するためだ。だが当の本人は昨日と変わらぬ気だるげな目をこちらに向けてきた。今の所立体機動装置の付け方は忘れていないらしい。しかしまぁ…本当に目の前にいるのがあのデカヒゲなのかと思うと滑稽だな。真新しい兵服と相まってただの新兵にしか見えねぇ。

「重い、だが問題ない」
「そうか。やる事は簡単だ」

転々と置いてある大中小様々な巨人を模した丈夫な木で出来た模型。その都度補強や修繕を何度もされたそれらは、あらゆる所にブレードの切り傷が無数に残っている。長ったらしい説明は好きじゃない。好きにやれ、一度俺を見てから模型たちを見たミケはこくんと小さく頷きながらブレードを取り出す。
右足2回、左足1回。トントンとブーツを鳴らす。無意識か願掛けなのかミケが戦闘前に必ずやることだ。

「わかった」

そして次の瞬間にはアンカーが発射される音だけ残し俺の目の前から消えていた。
それと同時にブレードが模型を倒す音。まるで姿は見えない。そしてまた別の場所から聞こえるアンカーが発射される音にブーストがかかる音。次々と倒れていく音。それの繰り返し。音だけを聞いているような。それほどミケは速かった。
早々に言われるがまま模型を倒し尽くしたミケは器用に着地すると、血を払う癖か何も付いてないブレードを1回軽く振ると元の場所に収めた。

「身体が覚えてたか」
「すっ飛ぶかと思った」
「そんな風には見えなかったが」
「けど動きやすかった」
「もっと単語を使え」

本来のミケはあの恵まれた体格からの斬撃を得意としている。今の姿故にそれはないものの電光石火の如き速さで巨人の項を仕留められるだろう。高度な技術は相変わらず陰りを見せていなかった。次は対人格闘だと分かっているらしく、一つ息を吐くと手慣れた様子で立体機動を外していく。
対人格闘か、ここしばらくは巨人巨人と巨人の相手ばっかりで長らくやってねぇが。掛け合う言葉もなしに互いにほどよい距離を取って向かい合う。
さて、こっちはどうだか。

「手加減はいらない」
「ハナからする気ねぇよ」
「殺す気で来い」
「お望み通りにしてやる」

言い終えたのと同時に右足が顔面目掛けて飛んできたのを左手で受けた。重みはないが本当に速い。挨拶にしちゃやらかしてくれるじゃねぇか。吹っ掛けられた喧嘩を分割払いで返すなんざクソだ。

頭が弱いヤツだと思っていたが少しづつ自分の身体を特徴を理解してきているらしく、押し掛けてくるよりも圧倒的に受け流しが増えていた。それでも時折狙いを付けて繰り出してくることは変わらない。そこはコイツの芯は負けず嫌いというとこから来てるに違いない。

「本当に小せぇな」
「うるさい」

長い一進一退の攻防。ここまできたらどちらかが死ぬまで続くに違いない。これ以上は無駄か。最初の様に距離を取るともう終いにする、エルヴィンに報告に行くぞと告げた。中途半端な終わり方にミケは気に食わなさそうな表情をしたが、荷物をまとめているその姿は若干息が上がっている。体力の減りは言わなくても本人が分かってることだろう。だが結果は俺の目から見ても分隊長時代と変わらず即戦力だった。

ジャケットの埃を丁寧に払い訓練所を後にしようとするとガシャンと大きな音。後ろでは何故か立体機動を持つのに四苦八苦しているミケ。片方持ったと思えばもう片方をガシャンと落とし、片方を持ったかと思えばガシャンと落とす。すんすん。ガシャン。ああ畜生。

「何チンタラしてんだ」
「…来た時みたいに持てない」
「グズが、貸せ」

痺れを切らし強引にミケから立体機動を奪い兵舎へと歩き出した。振り向けば俺が早足なのかパタパタと小走りでついてくる。今までのテメェなら立体機動の10や20片手で持てたクセにコレはどういう事だ。歩幅も断然デカかったろコレはどういう事だ。クソが、調子が狂「兵長!」
「……なんだクソガキ共」
更に調子を狂わせるクソガキ共が声をこのタイミングでかけてくるとは…度胸が良過ぎるじゃねぇか。かっ開いた三白眼をもっとかっ開き半ば殺気を出しながら振り返る。案の定怯みながらもコイツ等の興味はミケに注がれているようで、視線が合わない。面倒なのに捕まったな。隣にいるミケは急に集まってきたガキ共に驚いたのか固まっている。興奮気味にエレンが切り出した。

「新兵なんですか!?」
「エレン、唐突過ぎる」

大声でうるせぇ。同じ場所にいたから聞かれるのは当然とは思っていたが。こんなにも早くか。

「コイツは、ミケだ」
「「「え?」」」

声は出てなかったがお前は何を言ってるんだ。という読んで字の如くの視線がミケから突き刺さるように飛んでくる。考えも無しに言った。いや、ここまで来たらもう言いくるめちまえばいい。

「テメェ等の知ってるミケ分隊長と同名なだけだが何か文句でもあんのか?」
「え!?あ、いえないです!」
「中途入団の新兵だが文句でもあんのか?」
(俺は新兵なのか…まぁ名前をわざわざ変えなくていいのは良かった)
「な、ないです!」
「ないならどけ」
「はいいい!!!」
「テメェも唯一近い同期だ、挨拶しとけよ」
「…よろしく」
「お、おぉよろしくな!」
「……行くぞ」

ミケの挨拶を聞き、クソガキ共のその後の言葉も聞かずに無理矢理手を掴んで俺達はその場を後にした。即興がすこぶる上手いエルヴィンやハンジじゃない俺にはさっきのが最善策だった。ズカズカと団長室の前まで歩いてきた頃。そうだ、コイツはきっと鈍感だから伝えとかなければいけない。

「ミケ」
「?」
「テメェは今女だ」
「不本意だが」
「周りはそんな事知らねぇだろ。いいから気をつけろ」
「気を付けてる」
「たったの2日で足りるか」
「胸は俺の方がある」
「性別違うのに比べんじゃねぇ」
「うるさいチビ」
「うるせぇドチビ」

そう言うやいなや片頬を膨らまして拗ねるミケ。
クソが、ああ本当に。
調子が狂う。

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