「やっと…終わった…!!」

ウォールローゼ学園高等部1-D
ホームルームが終わると茶髪の少女は勢いのまま机に突っ伏する。ボスン!鞄に顔が当たる音が何とも痛々しいが何も気にしていない。代名詞でもある活発というオーラが微塵もない。衝撃の痛さよりも空腹の方が遥かに痛い、そしてつらいのだ。

「お疲れ様」

少女の前の席に座るクリスタが声を掛ける。これしかないけど良かったら食べて?その差し出された手にはいくつかの飴が乗っていた。途端に蒸され潰された芋みたいな顔にみるみる生気が蘇っていく。

「ク、クリスタ…あなた神ですかいえ女神です神ぃぃぃいただきます!!!」

嬉しさあまり包み紙を開けると舐めるではなく、ガリゴリ豪快に噛んで胃袋に収めていく様はもはや野獣だ。しかしクラスメートで一緒にいる事が多いクリスタにとっては微笑ましい光景であるようで再び良かったら、と飴を差し出すのだった。しばらくして少女の空腹が僅かに落ち着くと2人して教室を出て広い校舎を歩く。幼稚舎から大学まで一貫のこの学園はとにかく広く、昇降口に行くまでも大変なのが特徴だ。

「足りなかったかな?」
「レイさんの所に着くまでは持ちますよ!…たぶん」
「途中でダメそうだったら菓子パン1つあるからあげるね」
「グリズダァァ…!」

私だったら絶対人にはあげない貴重な貴重な食料を差し出せるなんて!優しさの塊どころか常に後光が光り輝いてます!聞いてくださいレイさん本当に勿体ない程の友達を持ちました私は…!申し訳ないと思いつつも数分後にやっぱり菓子パンください!と土下座してる自分がきっといる、そこに情けないという思いはない。でも相手がクリスタだからここはグッと、グッと我慢です!!先輩になら我慢しないで言えるんですけど。
上履きから靴に履き替え部活者と帰宅者が交じる通学路を歩いていると、改めてこの学園の人の多さに驚かされる。さすがウォールローゼ唯一の学校だ。

「レイさん、ケーキ作って待っててくれるって」
「本当ですか!?」
「うん、本当は来るまでの秘密って言われてたんだけど」

レイは時たま美味しい紅茶とケーキで常連客の2人を出迎えてくれることがあった。あとレシピも用意してくれてるの、楽しみだな。笑うクリスタにこちらまで癒される。両親がいないクリスタは双子の姉と暮らしていて家事の殆どを彼女がやっているそうだ。といっても女2人だし全然つらくないよ、楽しいしもっともっと料理が上手くなれたらなって思ってるんだ。そして何かの伝で家の事情を知ったレイは俺で良ければと、月に数回クリスタは彼から料理を教わってるのだそうだ。もちろんクリスタの隣を歩く彼女は周知である。

「今度レイさんに教わってみない?」
「うぇぇ!?私がですか?……いやダメです、食べ専なので!」
「ふふ、じゃあまた味見してね」
「もちろんです!…あ!」
「どうしたの?」
「すみませんクリスタ、先に行っててもらってもいいですか?ちょっと用事を思い出しまして…」
「分かった。じゃあまた後でね」

ありがとうございます!レイさんにケーキは半分以上残しておくように絶対伝えてくださいね!了承を貰うと少女は手を振りながら別方向へと向かった。


*


少女からは逃げられない。
だってこれは狩りだから。狩る者と狩られる者。私が狩る者と決まったならば、あなたは狩られる者。

「うはぁ!格別ですねぇ、おいしい」

ぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、べちょ。
チキンでも食べるかのように、無残な形になった元人間の足の肉にかぶりつき人肉を堪能する。この何とも言えない噛みごたえ。お腹が空いた時には人肉に限りますね!そういえば前に筋肉部分が好きです!とにかくたくさん食べたいです肉大好き!って言ったらバーカ目玉と腕喰えって先輩に半ギレされましたっけ?
そこまで言うのならよし、試しに食べてみましょう。指を立て奥まで突っ込む。ブチッと千切れた音と共に眼球を取り出し口に含んでみた。コロコロ、ぐにゃ、コロコロ。

「おう゛ぇぇぇ」

感想、不味い。腕も齧ってみたけど不味い。
それ以外は大好きなんですけどね…うーん。
いつの間にか食べ終えた残骸は腕4本と目玉4つだった。ポイッと無造作にゴミ箱へと投げ捨てる。これはたったの2体しか食べれなかった腹いせに置き土産していきます。ではご馳走様でした。
赤い瞳の少女はその場から姿を消し待ち合わせ場所へと走るのだった。


*


「美味しかったぁ、レシピも毎回こんなに貰っちゃってるしレイさんにお礼しないと」
「お礼ならクリスタが今度料理をご馳走するのはどうでしょう?私も同席ですが!」
「私の料理なんて…、!ねぇあそこ」

彼女が指さした先に見えるのは規制線、その更に向こうに見えるウォールローゼ国民なら誰でも知ってるジャケット。

「調査兵団の人…イーターが出たんだ…」
「そうみたいですね」

ありゃ、取り掛かりが遅いと思ってたけど…意外に優秀な捜査官でもいるんでしょうか?

「これは伝えておかないと」
「え…?何か言った?」
「いえ何も!」

少女は笑って答える。あれ私が殺ったんですよって、言えるわけないじゃないですかぁ。


【暴食 サシャ・ブラウス】
SDSの1人、ランクS
強靭な胃袋を持っており食べてもすぐ腹が減るため1回の捕食で5人以上が犠牲になる事も。普段は明るく活発な少女だが、捕食時には血も涙もなく残忍に獲物を追い詰め喰らい尽くす俊足のイーター。栄養源にはならないが人間の食物も大好物で、学食に限らずレイやクリスタが作る料理をよく食べてはお腹が空いたと騒いでいる。暴食でありながら腕と目玉だけはどうにも口に合わないらしくその辺りが彼女のいう『先輩』と折が合わないらしい。

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