「あか、あお、きいろ、みどり、ちゃいろ」さーてと、ひと段落!「もも、むらさき、くろ、しろ」あとやる事はーっと、」
「くち、みみ、はな、め、あたま、て」
「勤勉勤勉」

程よく陽が入り込み窓の外から景色が見える。そんな団長机の横にレイは大抵いる事が多いが、今はハンジの班が使っている部屋にいる。そして先程から熱心に見ているのは与えられた一冊の本。
「はな、こっぷ、えんぴつ、くつ、ふく」
何てことはない子供向けの図鑑。名称と絵が描かれているだけの平仮名だらけの簡単な図鑑がレイの愛読書となっていた。ページを開いては名前を何度も声に出して読み、色や物の形を記憶していく。今ではどんな時でも一緒にいる相棒のようなものになっていた。昔から贔屓にしている古い本屋で見つけてね、とうとう結婚されて子供が出来たんですか?女の子?男の子?なんて言われて笑われてしまったよ。エルヴィンは笑いながら話していた。
「うま、ぱん、ほし、そら、たいよう、つき」
時折こうしてレイは己の物差しで危険ではないと判断した人間の部屋に行くことがある。特に何をするわけでもなくそこで本を開いては、周りの空気など一切読まずに単語を読むだけだ。

「レイはその本といつも一緒だ」
「エルヴィン」
「からのプレゼントだもんね」
「ぷれぜんと?」
「プレゼントっていうのは、」

まだまだ語力も会話力もない彼女には難しいらしい。だがハンジは呆れることなくその場でなるべく理解できるようレイに説明を試みる。完璧に分からなくたっていい、いつか分かる日が来ればいいのだ。

「あげると、うれしいの?」
「そうだよ〜」

気持ちを込めた贈り物は人を嬉しさで包む。単語力半端ない長いハンジの説明でレイがとりあえず辿り着いた答えは『もらうと嬉しい』だった。エルヴィンから本をもらっ時に痛かった?痛くなかった。悲しかった?悲しくなかった。じゃあレイは嬉しかったんじゃない?そうなのか。じゃあ嬉しい。

「おはよう」
「おはよう?」
「こんにちは、こんばんは、ごめんなさい、おやすみなさい、さようなら、ありがとう」
「うん」
「どれもらうとうれしい?」
「私はありがとう、かな」
「ありがとう」
「でもねレイ、いつもありがとうを使うわけじゃないんだ」
「…」
「何かあったのかい?」

それから思い出すように若干うつむき加減で話し始めたレイ。どうやら初日にあったリヴァイ達への過剰な暴れっぷりを思い出したらしい。蹴り飛ばした、噛み付いた、睨み付けた。ならその場面でありがとうじゃないなら何を言えば良かったのだろうかと尋ねてきたのだ。おはよう?

少ない単語でも意図は簡単に読み取れた。なるほど。子供ながらにあの時の事をどうにかしたいと思っていると。確かに奇行種並に暴れ回ってたもんねぇ。オルオのでっかい悲鳴、当分耳に残ってるもの。とはいえいきなり大の大人だらけの所に助ける為とはいえ、何も知らずに連れてこられたら誰だってああなると思うけどな。それがこんだけ小さかったらなおさら。でも何かあげなきゃいけない、もらうと嬉しいならあげたいとレイは言う。そっか、きっと謝りたいんだ。

「うーん?あげる…っていうよりかは、いや流れで研究の資料渡してやってもらうのもありだな…」
「ハンジ?」
「あーごめんごめん。分かった、なら今から一緒に行こう」


*


「本当に大変だったみたいだな」
「大変どころじゃねぇよ…散々逃げ回るし捕まえたと思ったら噛み付かれるし…」
(これは?これは壁。これは?床。あれ。あれは天井。これ全部は?長い?やつ。廊下っていうんだ。これ。窓。四角?のこれは?ん?ドアだよ)
「でもあの子…レイって此処で生活することになったんですよね?」
「うぇ!?そうなんですか?」
「あぁ、エルヴィンが決めた事だ」
「はいはいリヴァイ班のみんなお邪魔するよ〜!」
「ハンジさん、と…」
「あっ!出たなクソガキ!!」

とんでもないガキが来たんだと、調査兵団の精鋭きっての班でもこの話題で持ち切りになっていた。そこにタイミング良く現れた2人。当の本人はハンジに手を引かれもう片方の腕にエルヴィンからもらった本を大切に抱えている。この子が?見た目からは獣みたいなガキ、には到底見えないが。いやいやその見た目に騙されんな!とんでもねぇからホント!こっそりオルオはエルドとグンタに告げといた。

「何の用だ」
「散歩ついで、って用があるのは私じゃないんだけどね」

ハンジは手を放し視線を合わせてしゃがむと両肩をぽんと軽く叩いた。

「レイ、ここに来るまでに私と話したこと覚えてるかな?」
「うん」
「言ってみよっか」
「ぷれぜんと」
「そ、渡しておいで」

頷くとリヴァイ達へと歩み寄る。また急に噛み付きやしないだろうなコイツ、内心ちょっと気が気でない男が1人。ロクに知らないし喋れないレイは何故か人の名前だけは瞬時に覚える特技があるようで、オルオとペトラ、そしてリヴァイを見つめる大きな瞳の動きに迷いはなかった。


「あのときはごめんなさい。でもわたしを、たすけてくれてありがとう」


ハンジ、ものじゃないけどいいの?
心配することないよ。
ちゃんと届くから。

「…は…はぁ!?な、ななな何言ってんだお前!別に命令だったから助けただけで…!」
「オルオったら…ありがとうレイ、あの時あなたが無事で良かった」
「テメェ」
「?」
「少しは躾られたみてぇだな」

今日はハンジに遊んでもらったそうだね、どうだった?うん。エルヴィン。どうした?ごめんなさいと、ありがとうって言った。あとエルドとグンタによろしくって言った。よく出来ました。レイは最近たくさん言葉を覚えてるね、すごいじゃないか。ありがとう。そろそろ寝ようか。うん。エルヴィンはきいろだ。黄色?そう、かみのけがそうだから。ありがとう、さぁもう寝なさい。おやすみエルヴィン。おやすみレイ。全てのものには色がある。

それなら私は何色なんだろう。

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