「壁外調査を開始する、進め!!」

ウォール・ローゼ開門と共に調査兵団団長エルヴィン・スミスの声が緊張と士気を高め上げる。一斉に兵士を乗せた馬が壁外へと駆けていく中に、もちろんミケの姿もあった。慣れ親しんだ相棒は姿が180°以上変わっても自分のことを覚えていてくれたらしく、素直に乗ることを許してくれた。手綱を握り締め遅れを取らぬよう後へと続く。見知った者達は随分と前にいるんだろう。

「いいか!壁外調査は如何に巨人と戦わないかが重要だ、今は陣形を乱さないことを考えろ!」
「はい!」
「これより長距離索敵陣形を展開する!!」

再びエルヴィンの声で左右に別れていく兵士達。陣形展開の開始だ。自分は今アルミン・アルレルト達と同じ次列で馬を走らせていた。それにジャン・キルシュタインと…ライナー・ブラウンだったか。意気込んでいながらも若干強ばっている様にも見える。緊張感。恐怖感。使命感。何を感じているのか。しかし最初は誰でもそうだ。俺もそうだった、もう何年も前の話だからよく覚えてない。かといって今の自分がこんな事を言っては余計に混乱させるだけだが。立場上この辺りの陣形にいるのがいいだろうと提案したのは自分だ。

「(巨人のにおい…今はしないな)」
「あ…あのさ、ミケだよね?」
「え?」

辺りのにおいを警戒していた矢先アルミンに話し掛けられる。少し驚いた様な声を上げてしまった大丈夫だったろうか。しかし20近くも離れてる人間に分隊長抜きの名前を呼ばれると気恥ずかしい。だが彼等にとっては今自分は『ほぼ同期の女』なのだ。どんなに説明した所で男だと納得してもらえるわけないのだから仕方ない。リヴァイ風に言うならいい加減腹を括れ、だ。

「何?」
「君は…怖くないのかなと思って」
「そんな顔し「なぁお前調査兵団に入ったばっかなんだろ?人類二強って言われてるミケ分隊長と同じ名前ってすげー偶然な!」
横槍といい内容といい、さすが若い。
「そう、らしいね…ミケ分隊長のことはあまり知らないけど」
「ま、これからよろしくな!」
「よろしく」

前方に緑の信煙弾が上がる。エルヴィンだ。

「今の所は順調みたいだな。お前が打て」
「了解です」

言われた通り緑の信煙弾を打ち上げる。このまま何も起こらずに事が進めば良いんだが。しかし、天の采配というのは厄介なモノで、右手から緑ではない煙弾がすぐ様上がった。

「赤だ…!」
「巨人発見か…」
「(でも向こうはリヴァイがいるから)」

リヴァイだから大丈夫。
……何を言っているんだ俺は。
消し去るように首を振る。
「?」
何だ?今聞こえた。足音が聞こえた。

「足音…」
「俺達はこのままの進路で目的地へ進むぞ!」
「分かりました!」
「(このにおい…!)班長!上から、」

巨人が来ます。
その言葉は最後まで言えなかった。

瞬間真上を覆い尽くした巨大な影。
それは俺達を飛び越え、着地と同時に前を走っていた班長をいとも簡単に捕食した。
(クソ!遅かった…!)
驚きのけぞった馬を落ち着かせようと手綱を引いた時噛み潰した時の肉片と血が頬に飛び散る。
突然すぎる残虐な光景に唖然とする3人。
だが嘆いてはいけない、ここにいてはいけない。止まっては、いけない。そんな暇は一秒たりともないのだから。

「走って!!」

先導する為に馬の腹を蹴り先に走り出す。
切り替えて付いて来てくれただけでも上等だ。

「何なんだアイツは…!飛びやがったぞ!?」
「と、とにかく信煙弾を…、え?雨…?」

ぽつり。ぽつり。
1滴2滴だったそれらはやがて大粒になり瞬く間に草原を雨音一色に染め始め、視界が雨でどんどん遮られていく。これでは信煙弾は上げられない。その間に四つん這いに動く奇行種は俺達目掛けて走り出した。
「…」
不利な平地。大雨。このままじゃあの奇行種に追い付かれるのも時間の問題だろう。追い付かれないにしても何をしでかすか分からない以上討伐しなければいけない。
ブレードを取り出し立体機動を確認する。
万が一の時は動く。そう伝えておいたから。
右足2回、左足1回。

「私が行く」
「ミケ…!?」
「おい正気か!?」
「信煙弾は使えない。だから3人は口頭伝達で隣の列に伝える。この雨だから陣形自体どうなってるか分からないけど、とにかくここから少しでも離れて」
「お前…何言ってんだ…」
「ダメだよ、そんな…!」
「ミケ!!」
「馬を頼んだ」
「……分かった、絶対生きて帰れよ!!」
「約束だからね!」
「了解」

今だ。
視界の真横に木が入った直後にアンカーを発射する。身体が浮いた。

「行け!!!」

4人のうち1人が飛び出したからか、奇行種はミケの方へと身体をくねらせながら襲い掛かってきた。注意がこちらに向いた、これであの3人は大丈夫。そのままアンカーを離し無防備になっている手へと発射し突き刺した。
高速で巻き取られるワイヤー。その手との距離0。そしてブレードが肉を削ぐ音。きた。反対も同じ様に。痛みにかなり敏感な種類なのか手足を削がれバランスを崩し地面に突っ伏すと、つんざく悲鳴をあげながらのたうち回る奇行種。最後にアンカーを突き刺し上から下へと急降下する。

「…」

項を削げばそれは一段と大きな悲鳴を上げて動かなくなった。真正面から返り血を浴びながら降り立った地面はかなりぬかるんでいる。ブレードを鞘に収める音も聞こえるか聞こえないかの雨。討伐完了したとはいえこんな悪天候にはやはり出くわしたくないものだ。すんすん。いつもの癖でにおいを嗅げば逆に雨を吸い込んだようで痛い。3人は無事に誰かの元へ辿り着けただろうか。

「通り雨だといいが」
「そうだね」
「!…ナナバ?なんで…」
「団長達に話聞いたからさ、しかしまぁ可愛らしいもんだ。ケガは?」
「可愛くないし、ない」
「相乗りだけど」
「俺が前なのか?」
「そ、ではしっかり捕まっててくれお嬢さん」
「お嬢さんじゃない」
「はは、今のミケじゃ説得力まるでないな」

じゃあ行こう。みんな心配してる。
憎らしいことに徐々に雲の切れ間から晴れ間が広がっていた。ミケの言った通りの通り雨だったね。そうだな。走り際に見えた奇行種。ブレードで切り刻まれた跡が深々と残ったまま次第に身体は蒸発していく。

「…」

もう何も映すことのないその目は、確かに泣いていた。

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