少女は団長室の中で床に座り込み警戒するように辺りを見回していた。出会った頃の汚れはすっかりと落ちており、その髪の色は黒だったらしい。窓から入り込む光で重みのある光を反射させていた。手当された傷痕が痛々しいが時間が経てば消えるので今は仕方ないだろう。汚れたワンピースも努力の甲斐あってか白く生まれ変わり少女の身体に再び着せられていた。

「それが例の子供か」
「そ、もー暴れに暴れたよ!」

その時部下に別の場所で指示を出していた調査兵団分隊長ミケ・ザカリアスは真下にいる例の少女を見る。視線はもちろん、睨まれている。あれから一向に喋ることなく暴れ続けていたのだ。だから今は大人しく(?)座っているだけでも良い方だと思われる。幼いとはいえ性別を考慮して少女を風呂に入れたハンジとペトラは苦笑いだった。万が一に備えてリヴァイは入口付近に立っている。

「保護すると聞いたが」
「この先彼女の血縁者が名乗り出てくることは恐らく無いだろう。急な私の独断ではあるが、!」

少女は瞳を赤くさせ立ち上がり逃げ出そうとするが大人と子供、圧倒的なリーチの差がある。抱き上げられた少女は当たり前のように暴れた。お前に何かしたりするわけじゃない。怯えなくていい。少し大人しくしていろ。どの言葉に効果があったのか少女は突然大人しくなった。腕を軽く噛んでみる。痛いって言わない。どうしてだろう。反応なし。口を離すと抱き上げてる人を見つめた。大きい人。金色の青い目。次第に瞳の色は黒に戻っていく。エルヴィン達はそれを見逃さなかった。

「いたくないの?」

話せたのか。何故急にこの子が話せる?話す?ようになったのか皆目見当もつかないが、これで小さくはあるものの一歩前進だ。

「少し熱かったが痛くない」
「なんで?」

なんで?痛くないからだ。簡潔過ぎる会話は数秒で幕を閉じた。子供との会話がどう見ても得意には見えない返答。それでいいのかデカヒゲ。だが返ってそのシンプルな回答に少女は納得したようで。ミケから目を離しエルヴィンやハンジ、リヴァイを順番に見つめる。少なくとも最初の時の警戒心はなくなったらしい。危険な目に遭わせない人物と判断してくれたからだろうか。改めて少女に尋ねる。

「君の名前は?」
「しらない」
「お家は何処か分かるかな?」
「わからない」
「家族は?」
「しらない」
「そうか…なら今日から此処が君の家になる。そして君の名前は…そうだな、レイだ」
「レイ」
「おっ、いいじゃん!これからよろしくね!」

いえ?レイ?よろしく?首を傾げる。
年齢に対して言葉の知識が極端にないらしい。これは生活させるに加えて教養もさせなければいけないな。自分の名前、すら意味の分かってないレイは己の名前を繰り返し呟いている。

「おまえもレイ?」
「私はエルヴィンという名前があるんだ。彼女はハンジ、彼はミケ、そしてリヴァイ」
「エルヴィン、ハンジ、ミケ、リヴァイ」
「そうだよ」

そろそろ降ろしても平気だろうか。逃げ出したりは…たぶんしないだろう。抱き上げていたレイをゆっくりと降ろした。ハンジは意気揚々に近付くと右手を取り軽く握る。変わらず首を傾げるレイ。

「握手!よろしくの挨拶の時に使うんだよ」
「あくしゅ、よろしく」
「そうそ、ギャアァアァァアァ!!」
「?」
「おぉ…!いきなりバチバチってきてびっくりしたぁ…うん、よろしく…!」

黄色から突如黒く戻る瞳。

「とりあえずここにずっといても仕事の邪魔になるし何か食堂に食べに行こっか!」
「しょくどう?」
「そ!食堂っていうのはね、」

「…さて、何だアレは」
「大丈夫か?」
「問題ない。替えは必要だが」

入口から離れミケの横に立つリヴァイ。腕までは焼けてないが、ジャケットにはくっきりとレイが握っていた手の形が焼け焦げた跡になって残っていた。ハンジの握手した時の反応にせよ、オルオの冷たいと言った反応にせよ何なんだあのガキは。エルヴィンが知る由もない。けれどレイは今の所害はないにしろ普通の子供じゃないことだけは確かだ。

「それでもガキを保護するのか?」
「非情だ何だ言われてる私だって人間だ、これも何かの縁だろう」
「エルヴィンがそこまで言うなら」
「了解だ、協力する」
「感謝するよ2人共」

もしあれがレイが産まれ持っている力だとしたら、まだ上手くコントロール出来ていない可能性がある。もちろん今の現状では何も分からないが…とにかく調査兵団に小さな仲間が増えたんだ。何かあったら支えになってやってくれ。エルヴィン、お前はたまに異常にお人好しな所があるな。そうか?人助けも立派な仕事だと思っているが。新しいジャケットを手配しておくよ。腕まで焼けなくて本当に良かった。

「ローゼンハイム」
「リヴァイ?」

いや…魔法だか…錬金術や禁断の人体錬成で栄えてて、全ての英知が集まるウォール・マリア遥か北にある伝説の国だと前にクソメガネが話しててな、蓋開けりゃ結局誰かの妄想ってオチだが。

「それだけだ」
「珍しいな、お前がハンジの話を覚えてるだなんて」
「もう忘れた、知らねぇよそんな話」

ほんの一瞬、レイはそこから来たんじゃないかと思った。
いやあるわけない。そんな国あるわけない。
くだらねぇ話を信じてどうする。
そうだ。
だって、誰かの作り話なんだから。

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