揺らめく炎が地下牢を照らす。
ここに入ってから何日、何分経ったかどうでもいい。きっと外は近くにあるのだろうけどそこはかとなく遠く感じる。それすらも、どうでもいい事だが。

「俺が…兵士長を…」

繰り返すこの言葉。なんだっていい。
彼女に会えさえすればもう。
下に落としていた視線を上げた。
鉄格子があるから見えないが、見張りの兵士の顔色が驚いていた。誰か来たんだろうか。姿はちょうど見えない。やがて敬礼をすると見張りは地下牢から出ていった。
一体誰が、

「エレン」

目の前には、彼女がいた。
目が見開いた。
ヒュッと息が詰まった。
傷だらけの身体とひと目でわかる。
包帯が腕に巻かれて。
彼女がいた。

「…レイ…兵士長…?」

彼女は俺の視線に合わせてしゃがむ。
小さく頷きながら。
その前に…なんでこんなに傷が?
鉄格子の隙間から手を伸ばして腕に触れてみる。誰が?誰が、こんなことした?

(助けます、俺が)

「…あ…」

これ…俺がやったのか?
俺が…そうだ、俺だ。俺が。
ハッと景色が変わった気がした。
例えるなら正気に戻る様な。

(俺が彼女をこんな風にした)
(なんて事をした)
(間違えれば、殺していた)

「…レイ、兵士長…おれ…」
「エレン」
「っほんとに…ちがくて…!すいません、すいません…そんな…!」

男だというのに涙が、出てくる。
謝って済むことではない。それでも出てくるのは謝罪の言葉だけ。
すると今度は兵士長が鉄格子の隙間から手を伸ばし頬を撫でてくれた。何度もやさしく。

「エレン、大丈夫」
「…っごめ…んなさい…ごめんなさい…!」
「あなたは悪くない、私が悪いの」

ごめんなさい。
それから俺が泣き疲れて眠るまで、
彼女はずっとそばにいてくれた。


*


夜更けの中、静かにドアを開けたリヴァイはしばらく動くことが出来なかった。視線の先、今日も意識を閉ざしたままかと思っていたから。

「…レイ…?」

ベッドに腰掛けた彼女がこちらを向く。
意識が、戻った。無言でドアを閉めて近付いた。痛々しい姿であることに何ら変わりはないが、死なずに意識を戻した。それがすべて。

「っ…リヴァイ…?」

ただただ強く抱き締めた。
それで痛みを感じただろう。
少し身体が強ばったから。
ただそうであってもこうして抱き締めたかった。傷だらけの身体を両手に閉じ込める。
約束を破ってしまった。
エレンは取り返しのつかない事をした。けれどそれは俺達もそうだ。レイの事をこんな目に合わせた。俺達が守ると言っておきながら。ウィユとの約束をこんなあっさりと。

「…言葉がねぇな」
「大丈夫」
「悪かった、本当に。守ってやれなかった」

身体を離すと、瞳はまだ人形のまま。
人形だとしても良かった。
息をしてる。それだけで。
唇を人差し指でなぞってから口付ける、
冷たくても良かった。
レイが、息をしてる。それだけで。

「お前が死んだら気が気じゃなかった」

もう一度口付ける。
角度を変えて、何回も。
生きてるだけでもう、良かった。

「っん…ぁ…、リヴァイ…っ」
「…久しぶりだから柄にもなく」
「ふ、ぅ…んっ、好き…?」
「どうしようもなく好きだ」

やっと唇が離れると銀の糸が繋ぐ。
笑うことも泣くこともないその表情。
いつか戻って欲しいけれど今は、
また腕に抱き締めた。
レイに抱き締められることもまた俺が望んでいたこと。それはエルヴィンもミケも同じことだ。

「まだ痛いよな」
「痛みだけ、数日休めば」
「…そうか」
「早く実戦に戻れるように」
「ゆっくりでいい。レイの分くらい俺達で割り振れる」

頬や髪、首筋。
撫でて存在を確かめる。
するとレイの方から抱き着いてきた。
人間のような行動。
嬉しかったのは俺だけの秘密にしておく。

「どうした」
「…一緒にこのまま寝て…?」
「あぁ」

存在を感じながら横になった。
本当は今すぐにでも2人に知らせてやりたいが今日だけは独り占めさせてもらう。その前に不思議と眠くなってきた。布団をレイにそっと掛ける。

「寝れるなら」
「…寝れそう…リヴァイ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「…ありがとう…」

(それなのに)
(また『何か』はすぐ近くにいて、)
(俺達を手招きしていた)

「どういたしまして」

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