アンカーを収めながら地面に着地する。

「見事なもんじゃのう」
「そりゃ長年やってきたから」
「儂等が兵団にいた時は…いや、お前に長話は意味がなかったな」

細か過ぎる指導を身体に叩き込めば疲れは自然と出てくるもので。今日はここまでと言う長老に礼を告げ馬に跨る。集落へと走らせれば火照った身体に風が心地良い。

「お疲れ様」

出迎えてくれたのは幼馴染み。
馬から降り手綱を引きながら一緒に集落内を歩く。ダウパー村から奥へ奥へと進んだ森の更に奥深い場所。そこに秘境の民と呼ばれるヴァルト族が住んでいる。皆家族、自然と共に生き自然と共に死ぬ。長らくそれを繰り返し歴史を紡いできた。

「今日はここまでだって、ボケたかな?」
「気負わないようにしてくれたんだよ」

ヴァルト族の巫女と呼ばれている幼馴染みは長い銀髪に青眼といった不思議な見た目。自分よりも小さい。名前はセラ。この一族の中で1番に権力を持つ長老の孫だ。自然や人間、動物の『命の声』が聞こえる嘘のようなホントの能力を持っていた。

そう、自分は今日で一族を抜ける。
一番陽が高く昇る時に。
抜けたら二度と此処へは戻れないし戻ってきてはいけない。家族が敵になる。永い年月を過ごしてきた以上、彼等の中で外は全て敵という認識が消えることは無い。既に集落の真ん中、広場にはみんなが集まり始めていた。

「髪伸びたね」
「これからは邪魔になるかも」

家と呼ばれる場所に帰ると立体機動装置を外していく。両親はいたが小さい時に死んだ。歳の離れた兄がいると聞いたがもう此処にはいないらしい。だからセラが家族だった。結んでいた髪を解くと思いの外伸びていて…感覚的に腰辺り?

「…」
「…」

もう会えないというのに。
あっさりし過ぎてると言われるだろうか。
思い出が無かったなんて事はない。多過ぎるほどあった。セラとは幼少の時から遊び、泣いて笑って喧嘩もして、狩りも教えてあげた。弓すら上手く使えなくてからかったら泣き虫の彼女はウィユのばかー!!なんて叫びながら泣いたっけ。

外の世界を知ったのは昔。
そんなものは『ない』と『教え込まれる』
此処が世界の全てだと。
でも違った、父さんと母さんは。

『ウィユ、世界は広いの。とても広いのよ』

だから行きたかった。どうしても。
一族の偉大な英雄にして反逆者を殺す事を命じられたのは確か。でも、それでも。
無限の世界というものに触れてみたかった。

「さて…そろそろ行くか」

この家とも…見回してしっかりと覚える。着替えを終え髪は結ばないまま。立て掛けておいた弓をセラが渡してくれた。

「ありが「ウィユじゃなきゃいけないの?」

青い眼が光っていた。涙で。

「死ぬんだよ…!?」
「死なない」
「私には分かる!だって…今まで出て行った人達の『声』が今は聞こえない…」
「セラ」
「行かないで…いや…!」
「ごめん」
「ばか!!」
「…うん」
「ウィユの…ばか…っ!!」

頭一つ分以上小さい彼女を真正面から抱き締めた。過去に何度もしたこと。抱き締めて頭を撫でながら。それすらも、最後。
ずっと一緒にいたかった。
ごめんと言う度に小さな手が泣きながら身体を叩いてくる。何よりも大切だったのにな。命を投げ出してでも守れる存在だったのに。
ごめん。

「ほんとうにごめん」

あなたではなく、世界を取って。


*


馬が地面をける度に首元のペンダントが揺れる。これで次、はないけれどこの場に近付こうものなら殺されそうになるのだから。
不思議と悲しくはなかった。
親や兄が生きてたら違ったかもしれないが。
もう森を抜ける。

「!」

一際大きい木の幹にセラが馬と共にいた。
どうりでいないと思ったら。草を食べている馬の身体を撫でている。その目は変わらず綺麗で青いが涙は浮かんでいない。

「来ちゃった」

ここから先へは行けないけど。

「身体に気を付けてね。ペンダントは私が作ったから大丈夫、守ってくれる」
「だと思った。ありがとう」

差し出された手を握る。
二度と会えなくなる最愛の、

「「ヴァルトの加護があなたと共にありますように」」

するりと、離れてく互いの手。
それと同時に馬は走り出し、それと同時に思い出と感情が溢れ出す。広い大地に出た。風が止まらない。景色が何処までもある。
太陽が、木が、何もかもが大きい。

「…」

見渡す限りの無限。
手綱を引き馬を止めた。取り出したナイフを長い髪に滑らせる。音も無く切り裂かれた髪。手を広げれば風の方向へとサラサラ飛んでいった。
そのまま馬の背に突っ伏す。

「…っ」

何故泣いてるんだろう。
世界の美しさに感動したからだろうか。
今になって寂しくなったからかもしれない。
でもどんなに泣いても変わらない。
こうなる事を選んだのは自分だから。
ひとしきり泣いた。
だから、行こう。

「さようなら」

馬の腹を軽く蹴り大地を駆ける。
一度だけ振り返った。
そこに手を振るセラが、見えた気がした。


*


「レイ・ローゼンハイムです、失礼します」
「はは、堅苦しいな」
「たまにはいいかなって」

悪戯に笑うレイに2枚の羊皮紙を渡した。今期卒業の訓練兵の名前と、もう1枚は。

「…エル、この子がどうかしたの?」
「今期訓練兵団の首席だ」
「そうみたいだけど…」
「君の補佐官にしようと思う」

久しぶりの特例だね。実力は俺も見てきたが申し分ない。むしろ即戦力だ。たった数年の訓練で?あぁ。

「名前はウィユ・クレマンス」
「分かった。じゃあ行くね」
「来てくれてありがとう」

新兵のウィユ・クレマンス…
分隊長のレイ・ローゼンハイム…

「「何処にいるんだろ」」

とりあえずこの部屋かな?

「入るよー…って、アレ?」

全てはあの日に始まった。

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