物を取る時に苦労したことは無い。自分が取るに加えて頼まれる事も多いくらいだ。あの本を取って頂きたいんです、これか?はい、ありがとうございます分隊長。そんな事は週に何回かはあったと記憶している。

「…」

それが、それが。
エルヴィンに頼まれ書物庫に入って左に3つ、そこから奥に2つ、一番上にある資料を見上げたまま。今の自分では到底届かない事実を剥き出しに投げ渡されたミケは固まっていた。高い。今の自分では取れない高さにあるのだ。どういう事だ。いやそういう事なんだろうが、なんだ、どうしたらいいんだ。いやでも呆然としていたって時間が過ぎていくだけ。せめて踏み台になる物は…見回してもソレらしきものはない。背伸び。視線が僅かに高くなっただけだった。なら飛んでみる。ジャンプ。ジャンプ。届かない。すんすん。年甲斐もなくジャンプなど変人か俺は。ミケはハッと周りを見る、良かった誰もいない見られてない。196cmの男がこんな所で飛び跳ねてるなど頭がおかしくなったとしか思われない。そもそも今の身体では飛び跳ねていても何らおかしい光景ではないのだが、あぁ届かないんだね。それに本人は気付いていない。

「この前訓練所にいた…」
「!!」

誰だ急に!心臓が飛び出すかと思った、という表現はまさにこういう時使うのか。さっきまで誰もいなかったのに。声のした方向、自分の真後ろを恐る恐る振り向けば104期生のミカサ・アッカーマンがいた。高い。自分よりも背が高い。

「どうしたの?」

アッカーマンの言いたいことはごもっともだ。すんすん。それより俺は今リヴァイが勝手に口走ってくれたせいで新兵という立場。だから、どう話せばいいのだろう。エルヴィン達は自然と上官になるのか。とすればリヴァイもハンジも上官?そこは納得いかない。

「エル…エルヴィン団長に、頼まれて」

資料を取りに来けどその資料に手が届かない。まさか体格を三白眼に馬鹿にされた次には自分が『届かない』なんて言う日が来るとは。情けない。でも届かないんだ。

「どれ?」
「…赤い紐でまとまった…あれ」
「これのことか」

目的の物を指さすとアッカーマンは、いとも簡単に資料を取り自分に差し出してくれた。受け取った時もおかしい、今までなら重さすら感じなかった資料が。若干重いと感じた。

「…あり、がとう」
「どういたしまして」
「じゃあ…行くので」

手が塞がっていたので軽く頭を下げ書物庫を後にした。

「……可愛い」

本当は最初からいたんだけれど。思わず飛んだり四苦八苦している姿が可愛いと思ったから、つい声を掛けるのが遅くなった。でも本人には言わないでおこう。そして誰にも。自分だけの秘密を持ったミカサは機嫌が良かったとか何とか。


*


「こちらが報告書になります」
「ありがとう」
「エルヴィン、!」

すれ違う人が自分より背が高くて何だか居心地がおかしい。そして何故チラチラ見てくる男がたまにいるのか。もしかして男の俺が女になったとバレている?それとも変なにおいでもしているのか?俺は男だしそんな趣味はないんだが。すんすん。とにかく資料を渡したら、そうだ、あのふかふかのソファで少し羽根でも伸ばそう。
そのまま考えながら団長室に着いたものだから、ついいつもの癖でノックと同時にドアを開けてしまった。もちろんエルヴィン1人だけじゃない時もあるわけで。驚いた新兵の顔。しまった。

「…団長…資料お持ち、しました」
「すまないね。ありがとう」
「アハハハハッ!」
「では失礼します!」
「あぁ。ハンジ、いつまで笑ってるんだ」
「だってミケが敬語使ってんだもん!」
「即興にしては上出来だと思うよ」

出て行った新兵のドアを何秒か見つめてから、勢い任せに資料をエルヴィンの机に置いた。ハンジを咎めてるが何が上出来だ、そういうお前だって現在進行形で笑ってるじゃないか。俺だって好きで敬語を話したわけじゃない。

「ねぇ思ったんだけど俺じゃなくて私の方がいいんじゃない?」
「いやだ」
「でもそのカッコで俺じゃ変な注目浴びちゃうよ?」
「いやだ」
「言ってみなよ」
「いやだ」
「ミーケー」
「いやだ」
「団長命令だ」
「だとよドチビ」
「職権乱用だ。うるさいチビ」
「とりあえず言ってみなさい」

にこにこ。にこにこ。
ハンジの少ししゃがんで話しかけてくる辺りがこう、悔しい。なんで2人は心無しか楽しそうにしてるんだ。1人は非常に目付きが悪くて悪人ヅラだから分からないが。俺は全く楽しくない。

「…わ……わ、たし」
「うん、やっぱり私の方がいいね。敬語も可愛らしかったよ。また言ってくれ」
「ミケ可愛い!」
「ふざけるな。敬語はリヴァイが新兵だって言うし、人がいたから仕方なく」
「人のせいにするとはいい度胸じゃねぇか」
「お前のせいだろう。ここに来るまでチラチラ見られるし何なんだもう」
「チラチラ?どういう事だ」

聞こえない聞こえない。たかが資料を持ってくるだけでこんなに疲れるなんて思わなかった。片頬を膨らませ土足でソファに横になる。すんすん。このふかふかがどこまで俺の疲れを癒してくれるのだろうか。任せた。そして俺はいつ男に戻るんだろう。その前になんでリヴァイはこんなに怒ってるんだ。短気にも程があると思う。

「おい、誰にチラチラ見られた」
「覚えてない」
「言え」
「知らない」
「特徴でも何でもいいから言え」
「覚えてないと言っただろう」

うるさい。しつこい。壊れた時計みたいに言え言えうるさいから右手でバシッと足を叩いてやった。
あぁもう本当に、みんな揃って可愛いだなんだの何なんだもう。

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