「申し訳ございません!!!!」

床に穴を開けんばかりの土下座をしているのはハンジの腹心の部下モブリット。
朝起きたら何故かミケが女になっていた。考えに考えても何も手立てがないならとりあえず受け入れるしかないと納得した面々はソファに座ったまま、エルヴィンは可愛いミケを見ていたいものの溜まった書類を少しでも片付けようと名残惜しく机に戻り、リヴァイとミケは変わらずチビドチビの意味ない言い合いをしながら、ハンジが持ってくるといった朝食と兵服を待っているとモブリットと一緒に戻ってきた。彼はとても信頼できる男だ。

「失礼します団長」
「わざわざすまないね」
「いえ、とんでもありません」
「いやホント助かったよ〜、あ!ほらミケったら女の子になっちゃってね」
「え?」

指差すハンジの視線を辿ればソファに座りシーツにくるまったミケが彼をじっと見上げていた。モブリットも反射的にじっとミケを見てしまう。この女の子が…ミケ分隊長?え?いや嘘だ。何を言ってるんだこの人は。分隊長はそれはもう背が高くて高くてその前に男だろう分隊長は。女じゃなくて男だろう分隊長は。なんとなく髪色や目とか、似てはいるけれど。しかし今この状況では助け舟という名の追い打ちが打たれた。間違いなくミケだ。信じられねぇのは分かるがな。兵長は嘘を言う人ではない。その一瞬で感じたことは何処ぞの金髪と何処ぞの三白眼のように疚しいことではなく、また自分の上司がやらかしたのではないかということだった。そして冒頭の土下座に至るのである。

調査兵団きっての奇行種、またの名をコンビニ状態のトラブルメーカーでもあるハンジは度々『どうなったらそんな薬が出来てどうなったらそうなるの?』的なトラブルを過去に何度も起こしてきた。数週間前には紅茶を飲んだ瞬間リヴァイは怪しい煙に包まれて、何故か手のひらサイズのカエルになるという被害を被ったことがある。カエルになっても変わらない目付きの悪さとピョコピョコ跳ねる度に「クソが、クソが」と繰り返し鳴く姿に元凶のハンジは腹を抱えて「ぶぁっはっはっはっ!!!」と大爆笑していた。数時間して元通りになったリヴァイはハンジを半殺しにしたのだが、モブリットの苦労の甲斐あってか命までは取られずに済んだのである。
だが今回こそもうダメだと直感した彼は、それでも謝罪をしなければと光の速さで土下座をしたのだった。しかし今回の原因はこの奇行種ではない。といってもこの土下座にはハンジ以外の3人は同情せずにはいられなかった。

「申し訳ありません分隊長!!」
「モブリットが謝「やだなぁモブリット、何謝ってんのさ!」
「あんたじゃなくてミケ分隊長に謝ってるんですよ私は!!!」

そしてエルヴィンに向き直り土下座。

「団長!このモブリット・バーナー如何なる処分をも受けるつもりです!!どうか分隊長を殺処分するのだけはどうか!御勘弁をお願い致します!!!」
「ぶっ」

殺処分という単語にリヴァイは何故か紅茶を吹き出す。ミケも小さく笑いエルヴィンに至っては机に突っ伏す。この間数秒だったがその間にしっかり笑っていた。その時小さく口を開いたのはミケだった。綺麗な蒼色の瞳でモブリットを見つめる。そのままスラリとした指で彼の兵服を摘んだミケはもう謝らなくていいと話し掛けた。

「モブリット」
「は、はい分隊長!」
「一緒に食べよう」

ボキャブラリーが少ないミケにはこうとしか言えなかったが、そこはリヴァイがモブリットが此処へ来るまでの事の説明を詳しく伝えた。そうだったんですか…先程は取り乱してすみませんでした。全てを知ったモブリットは再び謝罪したが上司への殺処分と勘違い発言は謝罪しなかった。さすがハンジの腹心をやっているだけのことはある。女になってしまったミケとももう普通に話している辺りも、さすがハンジの腹心をしているだけのことはある。

「しかし…こうなると知れ渡るのも時間の問題ですね」

そうだ、いつまでも団長室にいさせるわけにもいかない。こちらが細心の注意を払っていてもいつか姿が見られ誰かしらが言伝に広めていくだろう。誰かが来る度に隠れさせるのも不自由をさせるし壁外調査に行ってしまったらミケを1人残すことになる。それは避けたい。出来たら今まで通りの生活を…となると現状の解決策は1つしかなかった。

「ミケは中途入団の兵士としよう」

それしかもうない。ミケはこくんと頷く。この時期には、そもそも中途入団自体が珍しいがそこは最悪リヴァイに「コソコソ嗅ぎ回るんじゃねぇぞクソガキ共」とでも言ってもらえばいい。ミケ(男)はウォールシーナへ長期の任務に行ったということで当分は切り抜けよう。この事は今は内密に。

一区切りついたところで押し付けられた仕事があるのでと、皿の片付けと一緒に部屋を去ったモブリットを見送るとミケはこれから自分の物になるであろう女性用の兵服を手に取りすんすんと匂いを嗅いだ。真新しい生地の香りがする。そして驚く程に小さい。196から150cm代にまで小さくなったミケには十分過ぎるほどのギャップだった。最早カルチャー・ショックにも近かっただろう。まるで人形の着せ替え衣装を貰ったみたいだ。入るのだろうか。兵服をいつも着ているだろうにもの珍しそうに見ているミケ。それよりもこの場で着替えるのかとリヴァイは険しい顔付きでミケを見た。

「今着替える気か?」

こくん。二の矢の発言は認めないと言わんばかりに頷いたミケは、今まで体を覆っていたシーツを抑えていた手を離した。
スルリ。
シーツはなめらかな肌に逆らうように下へと落ちる。そこには背は小さいものの妖艶さ極まる裸の少女が光に照らされていた。その手はまず下着から身に付けていく。尻も乳首も乳房もありとあらゆる全てが丸出しな女を見たことがないわけではなかったが何故かエルヴィンもリヴァイもミケから目が離せな「ちょっとダメだよミケ!!!」
「?」
「あなたは今女の子なの!」
「でもお前達だから」
「そういう問題じゃなくて!とりあえずシーツで隠しててあげるからその間に着替えちゃいな」
「?わかった」
「チッ」

これからがいい所だったのに。見事両手を広げてシーツを持つハンジの向こう側にいってしまったミケに思わずリヴァイは名残惜しい舌打ちをしてしまう。そこからは衣服が擦れる音が時たま聞こえる位で特に興奮することはなかった。

「着替えた」

しばらくしてシーツを潜るようにして出てきたミケはもう不思議な少女でなく調査兵団の一員の格好だった。しかしギャップ感が残っているのかしきりにベルトを調整したりジャケットを引っ張ったりなどしている。

「おお〜!」
「こんなに小さい」
「今は女性だからそう思うのも仕方ないさ、どこか身体に異変はあるかい?」
「なにも悪くない」
「そうか、これから大変だが元に戻るまで今の姿で生活してもらう」

こくん。

「立体機動や対人格闘なども改めて今その身体がどれほど使えるのかも見ていくからそうだな…明日訓練所に行こう、リヴァイ頼めるか?」
「ドチビの相手か、まぁエルヴィンの命令なら了解だ」
「こら、ミケもいいね?」

……こくん。

「大丈夫、私達がついてるから」
「…ありがとうエルヴィン」

エルヴィンは安心させるように笑った。
お礼に加えて分隊長になってから滅多にすることのなくなった敬礼をしてみる。

真新しく光る自由の翼。
俺の新しい世界が今、始まった。

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