子狐よりも遥かに大きい九尾の姿。
目は覚めたがいつも寝ている『外』ではなかった。開放的な寝殿造の住処。眠気を飛ばす様に尻尾と首を何度か振る。契約を交わしたので俺の主となるレイの気配は…向こうか?のそのそと部屋を出て渡殿を歩く。

「おはようございます」

よく眠れましたか?
呑気に朝食を食いながら聞いてきやがった。式神になると言ったのは俺からだがまだ警戒心は何処かにある。その気配に気付いてるのか否か。声を掛けたんですが起きなかったので先に頂いてます。人間が食うもの…においを嗅ぎながら隣に腰を下ろした。

「一応あなたの分もありますよ?」
「今はいい。これは白米」
「正解です」
「味噌汁、焼き鮭、卵焼き」
「博識ですね」
「当然だ」

僅かに機嫌が良くなったリヴァイがフヨフヨと尻尾を振ればレイの身体に当たる。あとはほうれん草のお浸しですと説明を受けたが、どれも実際食ったことはない。すると1口分の卵焼きを手のひらに乗せてこちらに差し出してきた。あの出会った時の優しい笑顔で。

「ゆっくりでいいですから」

そろりと食べてみたら美味かった。
レイが作ったらしい。

「…」

何百年と生きてきたが『あたたかいもの』を初めて食った気がする。妖怪だから当たり前のことではあるが。そもそもこんな美味いもの作る奴が何か奥深い事を考えてるとは思えない。馬鹿みたいな俺の先走りだった。

「それでも苦痛なら「俺はお前の式神だ。守るって言っただろ」

頬をすり寄せる。
先程までの警戒心が欠片もなくなった事くらい陰陽師なら分かる筈。そうすれば撫でてくる細い腕。コイツなりに無理矢理な契約をしてしまったのではないかと、多少なりとも不安を感じていたらしい。

「…はい。ふふっ、ふわふわ」
「レイだけの特権だ。光栄に思えよ」
「ありがとうございます。あ、」
「ん?」

これから此処で暮らしていく以上ヒトガタになってもらわなければいけない時が増えます。なので必要な物を大通りに買いに行きましょう。それはそうだろうな。
特に異論もなく頷いた。


*


「しかし買いに買ったな」
「夕食の食材が殆どだけどね」

まずはヒトガタの時に着る着物を数着。
柄は直感で選びその度『お目が高い!』と言われたがよく分かっている。当然だ。着方は分かる訳ないのでレイに着付けてもらう。
次に茶碗だの箸だの湯呑みだの。

「つまり使い方を覚えろと?」
「はい」

笑顔なのに『有無を言わさない』様に見えるのは気のせいだと思いたい。

「妖怪には必要ねぇだろ、断る」
「あなたは最強ですから。これで一緒に食事が出来るのを楽しみにしてます」
「そこまで期待されちゃ仕方ねぇ」

口車に思い切り乗せられたなんて気付きもしないヒトガタのリヴァイは皿に乗った油揚げを見て鼻で笑う。今まで何百どころか何千枚も食ってきた。と、鼻で笑いつつも瞬時に油揚げまで移動してにおいを嗅いでいる。かと思いきやパクッと食い付いた。モクモクと口が動いている。

「!!」

突然ハッと動きが止まった。
…何だ…この油揚げは。
美味い。史上最高に美味い。

「レイ、売ってる店の名前は…」
「椿屋です」
「店主に伝えとけ」
「?」

死ぬまで贔屓にしてやると。

「えぇ分かりました。私はそろそろ夕食を準備するので自由に過ごしててください」

着物をしまい茶碗達と部屋を出ていった主を見送り残されたのは俺とこのデカい…布団といったか。指で突いてみる。物足りず蹴り飛ばしてみる。

「!?」

想像以上に柔らかくて驚いた。
(寝る時に使うんですよ)
レイが言っていた。
という事はこの上に寝ればいいのか。
広げられた布団の上にいざ寝てみる。

「!!?」

…何だ…このふかふか具合は。
すぐにでも寝ちまいそうだ。

「そうだリヴァイ…あれ?」
「なんだ」

時間が経つのは早い。
出来ましたよと部屋に伝えに行けば、彼は布団の上でそれは気持ち良さそうに寝転がっていた。本来は乗るのではなく掛けるものだが…本人は至福そうなので良しとしよう。

「ふふっ、気に入ってもらえました?」
「非の打ち所がない」
「良かった。夕食は?」
「お前が食べさせろ。此処で食べる」
「食べさせるのはいいけど布団が汚れます」
「その時は俺が洗う」
「使うのは水ですよ?いいのね?」
「前言撤回、レイが洗え」
「分かりました。あなたごと洗います」
「ふざけんな」

それでも初めての夕食は美味かった。


*

夜が更けると虫の声しか聞こえない。
ヒトガタでいるのは苦痛ではないがやはりまだ九尾でいる方が楽だった。宛がわれた部屋でのんびりと毛繕い。だが気配を感じた。しばらくして遠慮がちに入って来た主。

「どうした」
「…一緒に寝てもいい?」

了承の意味を込めて尻尾を振る。
俺の中にすっぽりと収まったレイ。
大きさなんざ一目瞭然。

「寂しくなったか?」

頷くその姿。寄り掛かる身体が冷えないように尻尾を乗せてやり、安心出来ればと頬を舐めてやった。

「私の側に…いて…?…出来たらずっと」
「あぁ」
「…我侭だった、ごめんなさい」
「レイ」

何も心配するな。

「…リヴァイは?」

私とは比べ物にならない時間を1人で生きてきたんでしょう?何百年も。

「本当に様々な事を見てきた」
「…寂しかったよね」


寂しいなんてもんじゃない。


(俺もお前も、寂しかったんだな)
(でも、もう大丈夫だ)
(離れてって言っても離れねぇよ)
(ずっと側にいてずっと守ってやる)
(だからお前も離れるな、側にいろ)

「ほら、寝ちまえ」
「うん…ありがとう、おやすみなさい」
「おやすみ」

こんなに幸せな気持ちで寝れたのは、俺も私も生まれて初めてだった。

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