本当に何度目だろうか。
狐は悪戯好きという方程式は久遠でしっかりと定着しているが…ここまで足跡だらけにされたのは初めてかもしれない。
屋敷中そこらに小さな獣の足跡。

「聞こえてるの?」
「聞こえねぇ」

向かいにちょこんと座った黒狐のリヴァイはレイを見もせず悠々と毛繕いをしている。前もこんな事があった。しかし違ったのは式神の方から口を開いたこと。

「掃除はしてやる」
「当然です」
「だが水浴びはしない」
「屋敷が誰のせいでこんなに汚れてるか分かってないみたいですね」
「まぁな。鎌鼬の仕業じゃねぇか?」

水浴びがこの世で一番嫌いなのに今日は一段と派手に散歩をしてきたらしい。前よりくっきりと足跡が浮かび上がっている。それなのに相変わらず反省の色は微塵もない。どれだけ掃除をしようと原因が綺麗にならない限りまた汚れてしまう。

「水浴びもしてもらいます」
「しねぇよ」
「して」
「しない」
「そう…分かりました」

でしたら自分で言ったんですから掃除だけはちゃんとやってくださいね、それだけを言ってレイは立ち上がり部屋を出ていった。おかしい。いつもならこの辺りで2、3術がぶっ飛んできた筈なのに。リヴァイはトコトコ追い掛け着物の褄先を咥えて引っ張った。

「何処行く気だ」
「言わない」
「言え」
「言わない」
「レイ」
「分かりました。言えばいいんでしょ?」

最初からそうすりゃ良いものを。と思っていたら目の前に置かれた掃除用具の数々。いつ何処から取って来やがった。

「早く行き先を言「掃除をしてください」
「…」

有無を言わさぬ気迫。
しばしの呆けから戻った時には俺以外誰もこの屋敷にいなかった。


*


「アッハッハ!それはあなたが悪い」
「口より手を動かせクソメガネ」

思いの外汚れていた屋敷。かといって1人で全てを終わらせるには時間が掛かり過ぎてしまう。それなら後日妖怪の事を教えてやるという適当な理由を述べ、無理矢理にハンジを連れてきたリヴァイは2人で掃除に挑み何とか達成することが出来た。

「だってそうじゃん」

実はリヴァイが来るちょっと前にレイが私達に会いに来てたんだよね。出涸らし並に不味いクソメガネが淹れた茶を飲んでいた手が止まる。どうした?いいからその先を言え。分かったって分かりました。いやぁ相当あなたに怒ってたみたいだね。ま!来た当初の惨状を見りゃ大いに納得だけど。

「…」

不思議とお前には言われたくないと返そうとしたものの堪える。さすがに今回は俺に非があるからだ。

「で、レイは何処だ」
「エルヴィンとミケと甘味屋いるよ」
「どうしてアイツ等と?」
「そりゃあねぇ…?逢引に決まっ…あ、」

露骨に反応したリヴァイはヒトガタから九尾に姿を変え一瞬でこの場から消える。冗談鵜呑みにして行っちゃった。まったくどれだけ好きなんだか。

「…ん゛ー…苦っ…!」

やっぱり自分で淹れた茶は不味かった。


*


大通りは日夜多くの人々で賑わっている。特に今の時間の夕方は。ヒトガタになると迷うことなく通りを進み、和菓子の美味さは久遠一と評価される甘味屋に辿り着いた同時に3人が出てきた。

「おや、思ったより早かった」
「白昼堂々逢引かよ」
「?お前がいるんだ。するわけないだろう」
「…」

何を言ってるんだ?そんな顔で返される。
クソメガネに一杯食わされた。

「…」
「じゃあ私達は此処で」
「また明日」
「付き合ってくれてありがとう」

エルヴィンとミケが大通りへと消えた。
私達も帰りましょう?それを見送ると柄物の小さな風呂敷を持ったレイが歩き出す。あんな事態を引き起こした手前、掛ける言葉が見つからなかったので無言で後を付いていった。まだ怒ってた場合は最悪水浴びするという犠牲を払えば許してもらえるだろうか?

「…………悪かった」
「もう怒ってないよ」

振り返ったレイは笑っていて安心した。

「これ、何か分かる?」

いきなり風呂敷の中身を当てろと。

「この店の和菓子と油揚げ」

無理矢理付き合わされたハンジへの謝罪と、リヴァイへのお疲れ様でしたの労いの意味を込めて。もちろんあなたの分の和菓子もありますからお茶を点ててみんなで食べようね。あんみつとお団子にわらび餅もあります。
やはり俺の主は最高だ。

「水浴びが嫌ならお風呂にします?」
「思ったんだが…どうして毎回そうしねぇんだ」

水は心底嫌いだが湯なら別。

「すぐにちょっかい出してくるから」
「お前の裸を見て興奮するなと?」
「そういう問題じゃありません」
「いや、今日は反省する。だから一緒に入っても手は一切出さない」

驚いた顔、俺だって馬鹿じゃない。

「目で犯す」
「…」
「これでどうだ?」
「…ふふっ。はいはい、お好きにどうぞ」
「ちなみに寝る時も手は一切出さねぇ」
「「目で犯す」」
「ほう?分かってるじゃねぇか」
「すごいでしょう?リヴァイの事なら何だって分かるの」

文脈を辿れば誰だって予測できます。レイは敢えてそうは言わないでおいた。だって彼がとても上機嫌だったから。たまに単純過ぎるところが可愛らしいと思う。

「…逢引じゃねぇよな?」
「大好きなあなたとしかしません。西洋では『でーと』って言うみたい」

だから今度でーとしませんか?
またそうやって不意打ちなことを。
夕焼けが眩しい。明日は晴れる。
気に入ってる布団でも干してもらうか。

「喜んで、ご主人様」

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