「今回は此処までの壁外調査とする、各班各々の作業に移れ」

団長エルヴィン・スミスの声が響く。
長距離索敵陣形を展開しながら巨人2体、奇行種1体といったごく少数の遭遇だけで目的地へと着く事が出来た。今回は廃村となり荒れ果てたこの地に新たな拠点を置くというのが最終目標。設置、見張り、補給などあらゆる仕事を新兵は上官の指示に従いながら進めていく。常時人員不足である調査兵団に、長々と壁内の中で1人前の兵士になるまで育てるといった生あたたかい環境はない。自然と実践が訓練になってしまう。これが幸か不幸かある者には如何様な恐怖にも立ち向かう勇気を与えるが、ある者には無性に生にしがみつきたくなる絶望しか与えない。両極端になるのはまだ未成年の精神故に仕方の無いことではあるが。

「エルヴィン」

部下から物資についての情報を聞いているとリヴァイに声を掛けられた。全て聞き終え敬礼し、去っていく部下を見送りながら振り返る。表情はいつもより険しくない。きっと巨人の返り血を浴びずに済んだからだろう。それはそれは潔癖症の兵士長だから。

「どうした」
「この森、珍しいと思わねぇか?」

この森。
拠点にする廃村の目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。だがリヴァイが言うには部下にどれだけ偵察に行かせても巨人が1体もいないという。夜ならともかく今は真っ昼間、森になら必ずと言っていいほどいるはずだが。確かに。木々に覆い尽くされた森の奥を見ることは出来ない。何処まで広がっているのかも。遭遇しないに越したことは無い。だが偶然今はいないだけかもしれないし見かけなかっただけかもしれない、引き続き警戒は怠るな。

「了解だ。しかしどうなってんだかな」
「あぁ」
「エルヴィン団長!兵長!」

並々ならぬ焦りの色を浮かべたペトラが立体機動装置のアンカーを収める音と一緒に地面に降り立った。敬礼をしようとするのを省かせ次の言葉を待つ。巨人が出現したか?だが周りの兵士にそんな様子は見られない。

「何があった」
「それが…森の中を偵察してたら子供を発見しまして、」
「ガキだと?」
「はい、それでご報告に…今オルオが追っています!」
「1人か?」
「連れ人はいませんでした。でも何で森の中に…この廃村の生き残りでしょうか?」
「…さぁな、とにかく生存者がいたからには見捨てるわけにもいかねぇ。オルオと合流してガキを捕まえてこい」
「了解しました!」

再び立体機動で森へと消えていったペトラを送り指示を仰ぐ。

「俺も行くか?」
「いや、子供の足と立体機動なら比べるまでもない」

暫くしたら戻ってくるだろう。
その言葉通り暫くして戻ってきた2人と、オルオの腕の中には報告で聞いていた子供がいた。辺りも作業を進めながら自然とざわつき始める。どうやら少女の様だが、

「団長!兵長!連れてきま…い゛っでぇ!このクソガキまた噛みやがって!」

自分を抱えるオルオの腕に遠慮なく噛み付きながら暴れる少女に、何だこの獣みてぇなガキはとリヴァイは早速顔を顰めている。そのまま引き摺られるようにしてエルヴィン達の前でピタリと動きを止めると少女は視線を上へ向けた。

こんなになるまでこの森を裸足で彷徨っていたのだろうか。見た目は…7歳くらいか?砂埃や泥で汚れきった腰まである長い髪は元の色がわからないくらいに茶色く濁っている。薄汚れたワンピースから出る細い手足は道中転んだりしたのだろう、あちらこちら擦り傷や切り傷だらけだ。それよりも警戒心剥き出しにこちらを睨みつける大きな黒い瞳がその生命力を語っている。

「大丈夫だったかい?」
「…」
「喋れないのかな?」
「…」
「どうする」

エルヴィンが警戒心を少しでも解くように優しく話しかけても少女は睨みつけるだけで噛み付いたまま。と思ったがふいに口を離すと変わらずエルヴィンとリヴァイを交互に睨みつける。話せないがどうやら聴覚はしっかりしているらしい。
どうする。まずは傷の手当もしなければいけないだろうし、何より子供1人をここに野放しにするわけにもいかない。

「調査兵団で保護する。その前に救護班に手当をしてもらえ」
「噛み殺されないようにしろよ」
「分かりました、ほれ行くぞガキ!ってオイ!」

腕の力が少し抜けたタイミングを逃さなかった少女はオルオの腕から抜け出すと、一目散にリヴァイ元へと駆け寄りその脛を力いっぱい蹴り上げた。少女の蹴り故痛くはないが、もちろん涼しい顔などこの男が器用に出来るわけがなく見る見る青筋が立ち始める。ブレードを抜かんばかりの勢いだ。

「…ほう?」
「お、おま…!謝れ!!今すぐ謝れ!」
「躾がまるでなってねぇな」
「へ、兵長!申し訳ありません!!」
「リヴァイ、警戒しているんだ無理もない。連れて行ってあげなさい」
「は、はい!失礼します!」

結局少女は謝らず睨んだまま、何故かペトラたちが謝ることとなりそのまま救護班の方へ手を引かれていった。だんだんと離れていきながらも時折オルオの悲鳴が聞こえる。

「ちょ、待っ!冷た!!」
「オルオ、いきなりどうしたの?」
「急にガキの手が氷みてぇに冷たくなって、」

その時エルヴィン達の方へと振り向いた少女の瞳は、青かった。

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