エレンにとって今の2人は殺す対象でしかなかった。どうして俺とレイ兵士長の事をこうまでして離れさせようとするのか訳が分からない。助けたいと思って何がいけない。
『ア゛ァア゛アァ!!』
怒り任せに手を振り回す。
立体機動の音が耳を掠めた。
「我武者羅に動きやがって…」
(殺す、殺す殺す殺す殺す!!!)
振り払われた腕を避け枝に着地する。
コイツは普通の巨人とは違う。
だがそれだけだ。巨人になろうとならなかろうとガキである事に変わりはない。動作がワンパターンである上にどこかで必ず隙が出来る。俺達が手を出してこないのを確認するとまた走り出した。
「読めたか?」
「あぁ、次で行ける」
追い掛けながら改めて確認する。走ってる最中の手の動き、足の動き。長期戦が得意ではないから…そろそろ来る。あと数秒もしないうちに。ブレードを握り締めた。
先程と同じ動き。そう、今。
『ウ゛ォア゛ァァ゛アァ!!!』
「ぶっ殺してやる…!!!」
(あれ?)
地面の揺れる音。
足の腱を斬られたエレンはバランスを崩して倒れる。その後は一瞬だった。すぐに視界が真っ暗になる。何も、動かず見えない。
(…あ?なんでだ?)
(動かねぇ。それより大事なことが、)
リヴァイは開かれた口から出てきた傷だらけになったレイを、ミケはエレンをすぐ様抱きかかえる。
「レイ!!」
意識がないので返事もない。
ただ鈍く光っていた。
錆び付いたペンダントだけが。
*
「…俺が…助けてそれで…あの人は…」
地下牢に入れられたエレンは一点を見つめたまま呆然と地べたに座り独り言を呟いている。何故自分が此処に入れられたかすらどうも思っていないようだった。
「もう一度聞く、何故あんな事をした」
「レイ兵士長は何処にいるんですか?」
「それをテメェが知ってどうする」
「助けます、俺が」
「そうか」
何を聞いても返ってくるのは彼女が何処にいるのか、そして自分が助けると言う返答だけ。エルヴィンとミケはこれ以上の会話は無駄と決めたがリヴァイは納得がいかなかった。しゃがみ込むと鉄格子の隙間からエレンの胸倉を掴み上げる。思い切り引き寄せた為に鈍い音が響いた。
「今すぐ言え!!」
「リヴァイ!」
「いい加減に「好きだから」
3人の動きが止まる。
それと同時に彼等は確信した。
「レイ兵士長のことが好きだから」
その瞳はまるで人形みたいで。
遥か遠くを見ている。
道理で俺達が見えていない訳だ。
嗚呼そうか。聞こえちゃいないんだ。
俺達の声なんざ最初から。
エレンにはもう、レイしか見えていない。
(好きな人なら救いたいと思うでしょう?)
「テメェ…」
「やめろ、今は何を話しても無駄だ」
「…チッ…!」
振り解くように手を離す。それでも収まらないこの怒り。壁を殴り付けてもむしろ溢れるばかりだった。その欲が暴走したせいでレイがどれだけ酷い目にあったか。
「正気に戻ったら覚悟しとけ」
それすらも届いていない。
地下牢から出る際、変わらずエレンの独り言だけが孤独に漂っていた。
*
きっと真夜中。
兵舎内は驚く程に物音一つしなかった。
命に別状はないと医師から診断されたものの意識は未だ戻らない。綺麗な身体に施された処置が痛々しい。明かりは付けずにただ外からの月明かりだけでレイのことを見つめていた。閉じられた瞳。指先で頬に触れてみる。冷たい。
「エルヴィンは?」
「エレンの件で色々やってる」
手を取った。
細くて白い手に巻かれた包帯。
「このまま死んだりしねぇよな?」
「命に別状はないからないと思いたいが」
「守ってやれなかった」
「お前だけのせいじゃない」
「どう思った」
「何を?」
「エレンが言った言葉だ」
好きだから。
たったそれだけの。
「本心だとは思った。だからといってここまでしていい理由にはならない」
ミケがレイの柔らかい髪を優しく撫で続ける。俺達が共に思うのは早く目を覚まして欲しいということ。すまなかったと謝りたい。
いつまでもこの場にいたいが兵士長と分隊長であってもそれは無理な話。朝になればやるべき事はたくさん舞い込んでくる。深く溜息をついたリヴァイは耳元に何かを囁き、唇にキスをしてからミケと部屋を後にした。
『…』
誰も知らない。その時、誰もいなくなった部屋で意識のないレイの頬に涙が伝っていたことは。