貴族の間で不定期に行われるパーティ。
内容は男女が共に楽しく食事から会話まで『あらゆるコトを楽しむ』という至ってごく普通なものだ。だが1つ違うのはそれが暗闇の中で行われるということ。此処にいる誰しもが視界を奪われた状態。そんな中で何が出来るものかと思われがちだがそこは金を持て余した貴族達。見えない世界から生まれる興奮を存分に楽しんでいた。

「こんばんは」

女がウェイターにドリンクを頼みながら男に近付く。もちろん誰だか『見える』筈が無いので声の方向に身体を向けた。

「その声はレディ?」
「覚えててくれたのね、隣いいかな?」
「もちろん歓迎するよ」

座ると早速抱き寄せられる。
フロアを歩くウェイター達だけが持つ明かり。動く度にゆらゆら揺れて亡霊みたい。運ばれたグラスに口を付け懐から出した札束をテーブルに置く。

「意外だった、お前もマリファナを?」

驚きながらもライターで明かりを貰い金額を確認するとマリファナを手渡した。

「私よりも『マッド・ドッグ』と『シルバーブレッド』が好きなの」

会うなら買って来いって言われたから。

「なるほど。『ギャンブラー』も『マジシャン』も来れば良かったのにな」

アイツ等はああ見えて仕事馬鹿な所がある。たまには息抜きも必要さ、こんな楽しいパーティそうそうないぞとレイの頬にキスした。その手は胸元を撫でている。

「カルテルは儲かってる?」
「お陰様で」

ソファに押し倒される。柔らかい材質。
時折何処かから生々しい嬌声が。
男は遠慮なしにドレスを脱がしていく。
途中久しぶりに会えた記念と言って首筋にキスマークを付けた。

「ん…っ、また目立つ所に」
「会うのはこれで最後じゃないから。もっと楽しみたいだろ?」
「いいけど…ご期待に添えるかどうか」
「おいおい冗談はよせレディ?毎回骨抜きにしてくれるのはどこの女だ」
「ふふっ」

レイは男に抱き着く。
肌に触れてくる手を振り解こうとすれば更に強く。唇と唇がふいに触れ合えば、舌さえ出せば後は好きにしてくれる。クチュクチュと唾液の音が心地良い。

「ふ、ぁっ…はぁ…んっ、気持ちいい…」
「吸いながらやったらもっとイけるぞ」
「それなら、」

潮時だなこの男も。
昔はいい奴だったが今は見る形もない。
これ以上犠牲を出されても後々厄介だ。
殺せ。

「トリカブトなんてどう?」
「トリカブト?面白いこと言うな」
「毒成分はアルカロイド系のアコニチン。アコニチンの致死量は0.2g程度」
「っ!?」

苦しみから暴れようとする男を強く抱き締めたまま話を続ける。症状はあなたが今感じてる通り。可哀想に、この毒には解毒剤がないの。でもすぐに死ねるから大丈夫。

「さようなら」

男が息絶えたのを確認するとレイはパーティ会場を後にした。

「…」

しばらくしてテーブルに1人やって来たが…何か異変に気付いた様で。ぐったりと背もたれに首を投げ出していた。近寄り脈を確かめる。予想していた事実は当たり、男は死んでいた。ウェイターに2、3話を聞きすぐにその場を後にする。
初めてだ。あぁ初めての経験だ。
プライドが引き裂かれた気分。

会場を出るとフードを取った。
表情に変化はないが大きく息を吐く。
黒髪の男。

「さて…向こうか」


*


真紅の液体が喉に流れていく。

「前にサニーと綺麗な姉ちゃんが来てな」
「彼女?なんてね、ハンジでしょ」
「アイツの変装技術には毎度驚かされる」

楽しげに会話をする2人。
相変わらずバーテンダーらしくない。
するとレイの隣に無言で座った男。
どことなくこれからの雰囲気を感じ取ったのか酒の入ったグラスを置くと、俺の奢りだと言い残しカウンターを去っていった。

「良ければ」

煙草を咥えたのを見たレイは火を差し出す。無言でそれを受け取ると煙を吸い込み吐き出した。フードを被った男。それに隠れて顔は見えない。

「取らないの?」

挨拶と共に面白半分で手を伸ばせば一瞬、ナイフの切先が腹に当てられるのを感じた。

「人の獲物横取りしやがって」
「なら殺す?」

いくらこの世界の人間であっても依頼されなければ無闇な殺しはしない。それがこの男の自分に課したルールだった。

「よく此処に辿り着いたね」
「こっちもそれなりのルートがあるんでな」
「そう」

もう1度フードに手を伸ばせばハラリと落ちその表情が顕になった。鋭い視線。殺しをしてきた目。それなのに(奥底では…優しそうな?気のせいだろうか)
やっと横を向いてくれた彼と目が合う。
レイは頬杖を付いて見つめた。

「殺しで初めて先を越された」

それも女に。殺さないが腹は立つ。

「だが原因が目の前にいるってのに何もしないで帰るのも気が引ける」
「奇遇ね。私もこの後は何も無いの」
「ならちょうどいい」

今から少し付き合え。

「なぁ?『レディ・ヴェレーノ』」

断る理由はない。
細い指先で持ったグラスを傾けた。

「はじめまして。『メルダー』?」

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