「いつもフードを被っているのか?」

1人がけのソファに足を組んで腰掛ける男は答えない。出された酒が入ったグラスにも手を付ける事はなかった。狭くも重厚感がある部屋。入口、50代程の依頼主の隣にはボディーガードが立っているが意にも介さずフードを被った男は視線で先を促す。

「この2人を殺して欲しい」

差し出された1枚の家族写真。
写っているのは依頼主、そして女と少女。何処かの別荘だろうか。この辺りでは見掛けない清潔感に溢れた屋敷だった。

「私の妻と娘だ」

これが依頼料と分厚い札束を3つ置く。それを一瞥しただけで相変わらず手は付けない。
幼い少女は明るく可愛らしい笑顔で依頼主と母親の手を繋いでいる。自分達が殺されようとしてるだなんて思ってもいないだろう。
女。聞こえるように言葉を漏らした。

「ご名答。何年も会ってないが彼女とこれから先やっていくとなると邪魔で仕方「何か勘違いしてねぇか?」

銃声が2発。
ドア付近にいたボディーガードが足から崩れ、依頼主の隣にいた男もその場に倒れた。いつの間にか握られていた銃。その銃口からは硝煙が霧のように出ている。ホルスターに収めると今度はナイフ。

「金さえ払えば俺は誰でも殺す。が、この世界に無関係の人間となりゃ話は別だ」

どの殺し屋も同じと思ってんじゃねぇぞ。
唖然として立ち尽くす依頼主。正確には声を出したくても出せなかったのだ。彼の喉元には一直線の切れ筋が入っていたから。そこからドクドクと鮮血が流れ落ちていく。
写真と札束を手に取り部屋を後にした。

「良かったな、娘はテメェに似てなくて」


*


「レイ」

シルクのシーツが裸でベッドの上に座る彼女を滑らかに包んでいる。セックスの後に充満する生あたたかい性のにおい。名前を呼ぶとキスをしてくれた。

「ご気分は?」
「最高かな」
「俺も同じ事を思っていたよ」

半分閉められたカーテンから外の光が入り、抱き締め合えば深いキスを与え合う。

「ん…っエルヴィン…ぁ…」
「綺麗だ」
「…嬉しい…、そういえば…ミケとナナバはいないの知ってるけど…ハンジは…?」

「レイ様、お呼びでしょうか?」

2人して部屋の入口を見れば執事服に身を包んだ初老の男が恭しく礼をしていた。お取り込み中に申し訳ありませんがご報告を。つかつかベッドに近付いてきた男はエルヴィンに書類を手渡す。
内容にざっと目を通せば彼の目が満足そうな色を帯びた。レイも読んでみる。自分達のマークしている麻薬カルテルのボスが動き出したという情報が事細かに記載されていた。

「仕事が早くて本当に助かる。友好的に付き合ってきたが…この男も潮時だな」
「お褒めに預かり光栄です」
「報酬はどうしようか?」

えぇ、もう決めてあります。

「遊園地に連れて行ってください」


*


四方八方から楽しい感情を表した様々な声が聞こえてきた。子供は風船を持ち駆け回り、大人は愛する恋人、家族と共に幸せな時間を過ごしている。此処は殺しとはまるで縁がない世界。彼等は今そこに来ていた。

「うぉぉぉ!メリーゴーランドすげぇ!パパー!ママー!」

一際キャッキャと子供特有の声ではしゃいでいる女の子がいた。10歳程だろうか。可愛らしい服に身を包んで手を振っている。両親と見られる2人は手を振り返すがその顔は苦笑い。

「あのはしゃぎ様…変装した姿とまるで合ってないな」
「ふふっ。でも空気が違っていい」

レイは辺りを見る。
一瞬だけ全てが止まって見えた。

「…ママか、」
「どうした?」
「ううん。あ、来た来た」

抱き着いてきたハンジをエルヴィンは肩車する。此処に来てからの移動はずっとこれだった。楽しかった?の質問には満面の笑みが。

「でもお腹空いたからあそこで何か食べたい!」
「あぁ」
「そんで次はジェットコースターとコーヒーカップ乗ろう!」

興奮冷めやらぬハンジを座らせ何か買ってくると『パパ』は店の方に歩いていった。
ずっと来てみたかったと笑う家族の姿をレイは相変わらず不思議そうに見ていた。

「医学的にもお手上げの存在だね」
「そう?」
「見た目は幾らでも変えられるけど声帯や骨格は無理だもの」
「あははあ」
「どうして遊園地に?サーカスで嫌って程来てるイメージだったけど」

今までずっと喜ばせる側にいたから喜ぶ側に行ってみたかった。それだけかな。今思えばサーカス抜けて良かったよ。やっぱり安全な刺激と危険な刺激じゃ楽しさが大違い。

「おっ、ハンバーガー!」
「お待たせ、適当に買ってきた」
「ポテトもらおうかな」
「いただきまーす!ミケとナナバにお土産買って帰ろうね!」

美味しそうに頬張っている女の子。
名前はハンジ・ゾエ。元サーカス団員。
今は『マジシャン』
老若男女に変装出来る奇術師。
正体は誰にも分からない。
だから私は大切な家族といつもこんな楽しいやり取りをする。

「ねぇハンジ、あなたは誰?」

そしていつもこう返されるのだ。

「わたしが誰だか当ててごらん?」

ってね。

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