「今日はココアだよ、あーん」

昼休み。後ろを向かれ口元に差し出されたクッキーを無言で1口。サクサクとした食感にふんわりとココアの香り。私の足の間にすっぽりと収まった可愛いレイと一緒に昼食を食べて。食後にはこうして『私だけに』作ってきてくれたお菓子を食べさせてもらう。

「美味しい」
「ほんと?やった」

嬉しそうに笑う彼女を抱き締めた。
いいにおい。前に向き直り次はどんなお菓子を作ろうかとスマホを操作し始める。
その姿を見るのが好きだった。

「何食べたい?」
「レイ」
「ふふっ、そうじゃなくてお菓子」
「任せる。全部美味しいから」
「うーん…それじゃ次はケーキかなぁ」

熱心に画面をスライドさせて睨めっこ。自分の為にやってくれてるというのが何とも言えない幸せを感じさせる。でもただ黙って見守っているのもつまらない。ので…私はいつもレイにちょっかいを出す。

肩越しに顔を軽く出してピラッと第一ボタンが開けられたシャツに指を入れればブラジャーが見えた。ピンクの花柄。これは確か。毎度の事なので彼女が慌てることはない。

「あ、これ?一緒に買いに行った時選んでくれたやつだよ」
「レイ…!」

可愛い。付けてくれてるだなんて。天使。強く抱き締める。両手でシャツ越しから胸を揉むというオプションも付けて。

「ぁっ、…ミカサ…っ」
「大きくなった気がする」
「そ、う…?ゃ、んっ…そこはだめ、っだってば…!」
「触り心地が前と違う」
「っはぁ…もー…」
「私の癒し」

柔らかい。是非とも顔を埋めたい。
ちなみにそれは何回もしている。
今度一緒に風呂に入った時しよう。そうじゃなくてもしよう。頬に1回キス。しばらくやわやわと胸を触っていたら突然あのね?と話題を変えてきた。

「帰りウォール・ローゼに寄っていい?」
「…ウォール・ローゼに?」

あそこは男子校。食欲と薄汚い性欲が溢れる巣窟に可愛いレイが行くなんて賛成できない。穢れてしまう。理由は何かと尋ねたら昨日電車で体調不良になった際に助けてくれた人がウォール・ローゼの生徒だというのだ。だからお礼をしに行く、それが理由。大失態、流行り風邪にさえ掛からなければ助けられたのに…何が何でも昨日は休まず登校すべきだった…!自分の体調管理の甘さを目の当たりにした今、壁を殴りたい気分。

いや殴る相手は壁じゃない。
レイに手を出した奴だ。

「どんな変態?」
「(変態…?)同じ2年で背が高く…あ!ジャン・キルシュタインくんっていうの」

その名前が頭に反響。
一気に瞳孔が開いたが、名前を呼ばれたので我に返り頭を撫でる。

「そう。なら帰りに寄ろう」
「うん!」


*


「いよいよだな…!」

帰りのホームルームを終え鞄を肩に掛けるといつもの帰宅部4人で教室を出る。
この時を待っていた。手汗ハンパない。
『ありがとう、ジャンくん』が脳内再生され過ぎて俺の中でトレンド入り超えてもはや殿堂入りしていた。上履きからローファーに履き替える。

「レイちゃん可愛いかったか!?」
「黙れ俺より先にちゃん付けで呼んでんじゃねぇバカちなみにクソ可愛かった」
「僕達もいて大丈夫かな?」
「むしろいろ、1人じゃ緊張する」

情けねぇ、俺が代わりに受け取ってやろうかと提案してきたライナーを華麗に無視して歩いていると…?すぐに分かった。スカート、リボン、低身長、何よりあの可愛い笑顔で小さく手を振っている姿。

「ジャンくん、来ちゃった」

おうふ、落ち着け俺のキルシュタイン。
何この反則技。その前にお前等ジロジロとレイちゃ、さんを見んな。

「「可愛い」」「小さいなぁ」
ベルトルト除いて後で殴る。

するとラッピングされた小さな箱が差し出された。いきなり手作りだと失礼だから…良く行くケーキ屋さんの焼き菓子の詰め合わせです。良かったら食べて?ごめんなさい、こういうのしか思い付かなくて。

「あ…ありがと、う、ござーます」

このお礼、プライスレス。
やべぇ。嬉し過ぎて食えない。感動で泣きそう。これは箱ごと死ぬまで飾っておく。思えば女子からの贈り物なんて生まれてこの方初めてじゃねぇか。初贈り物。うるせぇ男子校なめんな。小学校、中学校?ほっとけ!!

「ジャン!ほら!」

バシバシ背中を叩かれた。一緒に帰ろって誘っちまえよ!これはいけるって!バシバシバシバシバ、叩き過ぎだアホ!!

「よ…け、れば帰「必要ない」
「「「「!!!」」」」

レイちゃん…さん1人だけかと思っていたがこれは完ッッッ全に油断していた。予想外どころじゃない。背後に突如として現れた人物に俺達の血の気が一気に引いていく。
嘘、だろ…?冷や汗まで出てきた。
何故…お前が…此処に…?

「「「「アークデーモン…!!」」」」

小中時代に知らない者はいないレベルにその名を轟かせた伝説のガキ大将。

「な、なんでお前がいんだよ!」
「何か問題でも?」
「シーナはお嬢様学園だろ!?人間じゃねえお前が「やめろエレン捻り潰されるぞ!」
「今度はシーナを混沌に陥れるつ「よせライナー!また投げ飛ばされるぞ!」
「…」

怖い瞳孔開いた無言の圧力怖い。

「知り合いだったの?」
「小学校、中学校が一緒」

音も無くレイさんを庇う様に前に出たアークデーモンは右から順にと言いながら俺達を指差していった。

「死に急ぎ野郎」
「ゴリラ」
「ベ、忘れた」
「焼肉のタレ」
「やめろ!そのネタもう時代的に廃れ、」

だから瞳孔開いた無言の圧力怖い。
ただその後『ちゃんと名前教えて?』っていう彼女のリクエストに忠犬の如く応じていた。その間もペタペタ身体に触っていて羨まし、じゃねぇこれが女子校の日、常?

「レイ、そろそろ帰ろう」
「!そうだね。長々とすみませんでした」

それでは失礼します。
律儀にお辞儀をして帰っていく。
だがアークデーモンは違う。
ゆらりとこちらに向き直った。

「ジャン」

こんな形でまた会うとは思わなかった。
けれど家も『隣近所』これで最後じゃない。

「ので…改めてよろしく」

ニタァ…と笑い去っていった。
あれが素の笑いなんだからさすが人間じゃないヤツは恐ろしい。

「…残像出来るほど震えてんぞ」
「お前もな」
「チビったかもしれねぇ」
「それはトイレ行け今すぐ」

お姫様にラスボスという名の護衛が付いてるだなんて聞いてねぇよ。既に心が折れそうな俺がいた。え?これゲームオーバー?
まだ最初の街から出てもいないのに?

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