分からない。それを理解する余裕はなかった。周りはいつもと同じ時間を刻んでいるのに、俺の中では刻むことなくリヴァイ兵長とレイ兵士長があの日部屋でしていた事が渦巻いている。
大丈夫かい?最近ずっとそうやって呆けているけど体調でも悪いなら休んで、と心配してくれるアルミンの言葉にでさえ気付けば返すのに数十秒も遅れるという現実。

「…」

壁外調査前の兵舎内は慌ただしい。誰かとすれ違っても声を掛けられることは無かった。
どうにかしたい。何かを。
けれどそれをしたらいけない。
最後の理性…的な何かが何とか俺を繋ぎ留めてる気がした。

「…ふざけんな…」

ギリッと噛んだ唇が僅かに切れて口内に血が滲んでいく。誰かの部屋の前を通り過ぎようとした時、偶然にもドアが開き反射的にそちらを見てしまった。
(姿を見るなりぶわっと広がり出す)

どうしたの?顔色があまり良くないと感情の読めない瞳が淡々と話し掛けてくる。誰のせいだと思ってんだ。無意識にレイ兵士長の腕を掴み部屋へ押し込み後ろ手にドアを閉める。小さく首を傾げ見上げてくる瞳。

「エレン…?」

無理矢理に抱き締めてキスした。
柔らかいのも綺麗なのも全て覚えてる。
舌や肌の感触も彼女のにおいも。

「ん、っ…ぁ…はぁ…」
「…覚えてますよね…?」

抱き締めた時の細さだって。
どんな声して啼いたかってのも。
俺は事細かに思い出せる。
好きだから思「なんの…こと?」

「…え?」
「ごめんなさい」
「何一つ、ですか?」
「覚えてないの」









は?嘘だろ。意味分かんねぇ。
レイ兵士長のその頷きがまるで俺のことを拒絶してるみたいに見えた。

「…です、か…」
「エレン?」
「なんで覚えてねぇんだよ…!」
「っ…!」

両肩を強く掴んで壁に押さえ付ける。
少し苦痛な顔をしたもののそれでも色の変わらない瞳。見るな。そんな目で見るな。感情のない額縁に俺を入れるな。

「それにあの時…あなたは俺が助けますって言ったじゃないですか…!!」

(…あなたは…      )

それすらも覚えてなかった。
大きな鐘の音。
理性はたぶん、もう持ちそうにない。


*


緑の信煙弾を撃ち定められた方角へと馬を進める。戦闘がなければ基本的に聞こえてくるのは自然の音と、馬の足音、それと時折立体機動装置の金属音。広い草原の先に段々と広がって見え始める大量の巨大樹。リヴァイ兵長が何故か恨めしく感じた。

「俺達は伝達通り、森を抜ける前に初列のヤツ等と合理する」
「レイ兵士長もいるんですか?」

答えはない。
そうやってまた、檻から外れさせられる。
あの人を助けられるのは兵長達じゃない。
だから横を走るリヴァイ兵長の視線も言葉も今は何も怖くなかった。助けなきゃいけない。人形になったあの人を。俺がこの手で人間にしなければいけない。だから無視されても構わない。無言は肯定と勝手に捉えた。

「やっぱりいましたね」
「テメェ…殺されてぇか」

(近付く、心臓が鳴った)

聞こえない。これっぽっちも。
遠巻きから確認してみると…分隊長達もいるみたいだがそんな事はどうでもいい。

(手の付け根を噛み千切る)

リヴァイ兵長がこちらに薙ぎ払ってきたブレードは虚しく空を切った。
辺りを潰す眩しい稲光。
地面すら揺らす咆哮。
衝撃波が包み込んだ。
人間から巨人へと姿を変え走り出す。

『ア゛ァアア゛ァァ゛アァ!!!』

彼女は俺が守る。
彼女は俺が助ける。
瞬く間に彼女との距離が埋まっていった。
上官だろうが関係ねぇ、邪魔するならまとめてぶっ殺してやる。

「エレン」

レイ兵士長は、俺のものだ。

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