恋の悩みほど甘いものはなく、
恋の嘆きほど楽しいものはなく、
恋の苦しみほど嬉しいものはなく、
恋に苦しむほど幸福なことはない。
byアルント



「だりー…」

ガタンゴトンと混み合う電車内。
揺れては押され揺れては押され。
朝早く起きて制服着て学校行って何の意味がある。行った所で俺の学校は男子校。色気より食い気とエロ気が溢れるムサ苦しい巣窟だ。ふざけんな彼女欲しい。
スマホを見てたって来る通知は男ばっか。
男ばっか…エレンとかライナーとかベルトルトばっか。無性にふざけんな。

「もう着くか…、?」

やっとスマホから視線を外せば目の前に女子がいた。それもお嬢様学園と呼ばれてるウォール・シーナの制服。おっと、貴重な目の保養にどうして気付かなかった俺。女子高万歳。だがどうにも様子がおかしい。片手で口元を押さえている。つらそう、な?

「(体調が悪い…?)おわっ!」

いつの間にかドアが開き多くの人が外へと流れ出る。何とか踏ん張り改札へ向かう波から外れた。毎回少しズラしてから行く。前に波乗ったら見事すっ転んで笑われた過去があるからそれ以来無理だ。

「この駅で降りるヤツ多過ぎだっての…」

毎度圧巻の人数。でも自然と人は減るもので…よし、そろそろ行けるだろ。

トンッ…!

ふと背中に誰かがぶつかってきた。
何だと振り返ればさっきの女子。

「ご、ごめんなさい…っ」
「あ」

さっきは俯いてて見えなかったが今初めて目が合った。あれ?よく見れば、いや見なくとも。可愛くね?あれ?それとも普段女子と関わる事が滅多にないからフィルター掛かってるだけ?ちょっと分からない。

空気も読まずにつらつら考えていたら女子は再び口元を押さえて俯いてしまう。

「へ!?だ、大丈夫か…ですか…?」

慣れない敬語は使うもんじゃない。

「人酔い…しちゃって…」

エレンとかエレンなら人酔い?そうか死ぬまでくたばってろの一言で済ますが…大変ですね、だけでこの場を去るのも何だか申し訳ない気がしてきた。それにいつまでもこうしてるとただでさえ『悪人面』と言われてる俺、あらゆる疑惑の視線が振りかからなくもない。

「とー…とりあえず、ですね」

改札出ませんか?


*


ピーク時よりも幾らか減ってきた駅のロータリー。適当な場所に座らせ大急ぎでコンビニで水を購入。怪しい物は入ってません入れてませんと言って渡した。電車ん時よりも顔色は断然良くなってる、と思う。

「あ、あの…お金…もそうなんですけど、本当にごめんなさい…!」
「な…なぜ謝罪を?」
「だって…学校…」

気付けば1限目はとっくに開始してる時間。
それでも今すぐ学校に行きたいとかはまるで思わない。出来れば、もうちょい居たい気の方が圧倒的に多かった。

「っあーそれか、ですか。全然気にしなくて大丈夫、なんで」
「私…レイ・ローゼンハイムっていいます」
「……ジャン・キルシュタイン、で、ふ」

うるせぇ口調おかしいとか女子慣れしてねぇんだよ男子校なめんな。

「その制服…ウォール・シーナ…」
「はい。ウォール・ローゼですよね?」
「っす。2年、です」

その時彼女の顔が同い年だ、と明るくなる。
あれ?違ぇよフィルターじゃねぇよコレ。

「…ありがとう、ジャンくん」
「…」
「あっ…急にタメ口とかダメですよね…っ」

なんださっきの笑顔。
なんだこの仕草といい。
可愛過ぎる。

すると鞄を肩に掛けゆっくり立ち上がる。
俺より頭1つは小さい。
買って渡した水を両手で持ってくれてるのが何の気なしに嬉しかった。

「お礼…させてください」
「そんな、大層なことはしてない…」
「私の気が済まないので…明日ウォール・ローゼに帰りがけ寄ってもいい…かな?」
「!?」

いや待て。待て待て待て待て。待て。
こんな可愛い子が…俺の為『だけ』に…学校に来てくれるってことか…!?
『一緒に帰りたくて来ちゃった』的なシチュエーションを一瞬楽しめるって事だよな?
断る理由が欠片もねぇ。
カモン、カモンカモォォォン!!

「お、おおお待ちしてます!!!」

それから二、三言話してレイ・ローゼンハイム様…さんと別れた。明日が待ち遠しいったらありゃしねぇ。それもそうだけど。
あれ香水?柔軟剤?

「すげぇいいにおいだった」

たった数十分、されど数十分。
ここ数年一番の幸せを味わった気がする。

俺はジャン・キルシュタイン。
今きっと、恋の道を1歩踏み出した。
かもしれない。

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