フードを被った男は暗い街の中を黙々と歩く。すれ違う人間は彼が誰かも気にしないし知ろうとはしないし、見てもいない。彼もまた見ていない。此処での過剰な『興味』は死を意味するからだ。やがて何かを確認すると路地裏へと入っていく。

「…25の…向こうは40」

寂れた一帯。窓ガラスは割れ錆び付いたドラム缶、飲みかけの酒瓶が転がり裏口へ続く階段は足場が抜けている。
25歩目の曲がり角、誰かとぶつかった。
しかし相手はフードを被った男を凝視したまま動かない。シャツを押さえた部分から血が滲み広がっていく。

「ぁ…あ゛…っ」
「チッ、今日は喋る暇作っちまったか」

声にならない声。
トンと凶器となったナイフの切先で身体を軽く押せば仰向けに道端へと倒れた。深く被られたフードから鋭い視線が覗き、既に人間から死体となったモノへ視線を投げる。

「テメェがどういうヤツかは興味ねぇが」

これが仕事なんでな、悪く思うな。
そしてまた暗い世界へと消えていく。
それなりに名の知れたヤツだったらしいがこちらの知った事ではない。

1度も立ち止まることなく自分の家と呼べる場所に男は辿り着いた。立て付けの悪いドアを蹴り開けるようにして開ける。ベッド、木製のテーブルと椅子だけの殺風景な部屋。
ただ異様なのは部屋中に散乱した大量の紙幣の束。椅子に座りフード外すとテーブルにナイフを置き、同時にポケットから分厚い札束…所謂依頼料を取り出して放り投げた。バサバサと音を立てて音も無く落ちていく。

これは生命の代金。
俺が殺してきたヤツ等の。
やりたい放題やってきたんだろうが死ぬ時はこれ程の価値にしかならないヤツ等。

「滑稽だな」

紙っぺらになった生命達に話し掛けても返事はなかった。


*


煙草、酒、香水、男と女、そんな大人の様々なにおいが入り交じるバー。薄暗い照明は人の警戒心を和らげ感覚的興奮を高める。

「変わらず繁盛してんね」
「よう『シルバーブレッド』」

フラリと現れた金髪の少年がカウンター席にドカッと腰掛ける。声を掛けられたバーテンダーらしくない中年の男は酒の入ったグラスと薄汚れた封筒を渡した。咥え煙草をしたまま中の札束を数え始める。

「ちょうど、毎度あり」
「レイは元気か?」
「今頃お偉いさん殺してる」

元々此処のみかじめ料を徴収していたのはレイだったが今では担当が変わりこの少年となっている。ファミリーと長い親交があるこの中年の男は人情味あるいい人だった。だからこうして気楽に話せるのだ。

「立派になったもんだ」
「は?何急に」
「入った当初呼ばれてたろ?サニーって」
「あーそーな、呼ばれてたな」

それが今じゃ1人前のマフィアだ。お前、あの時ボスに拾ってもらって本当に良かったなと豪快に笑う。また人を小馬鹿にしやがってこの野郎。いつかぶっ殺す、笑いながら冗談混じりに告げるとフロアがざわつき出した。
グラス片手に振り返ると酒の勢いか女に無理矢理絡んでいる男が。

「アイツよく来んの?」
「ここ最近」
「ふーん、処理は頼んだ」

ジャケットから取り出した銃を躊躇うことなく男へ向け引き金を引く。銃声は聞こえない。視界が悪くそれなりの距離があったにも関わらず確実に仕留めた。俺達の店で迷惑行為をする客は死んでもらうのがルール。

「それが無理ならお引取りを」

何処からともなく現れたガードマン達が男の死体を運び出す。すぐにフロア内は先程の騒がしさを取り戻し少年は席を立った。

「じゃ、そろそろ行く」
「身体気を付けろよ」

ヒラヒラと返事代わりに手を振り少年はこの場を後にした。


*


「ハンジが探してたけど何処行ってたの?」
「みかじめ貰いに」

レイの部屋に行ったら本人はもう帰ってた。シャワーを浴びたのかしっとりと髪が濡れている。仕事が相変わらず早い。じゃなくて。足早に近付くと勢い良く抱き着いた。

「姉ちゃん」
「ん?」
「怪我は?何もされてない?」
「お陰様でね」

2人きりの時だけ俺はレイじゃなくて姉ちゃんと呼ぶ。血は繋がってない。赤の他人だけれど大切な人だ。もちろんファミリーも。

「ん…ナナバがキスしてくれた」
「それよりしたくなってる」
「明日朝からじゃなかったっけ?」
「少しくらいよくね?」

無理くり横抱きにしてベッドに移動。
互いに寝転ぶ中で肌をやわやわと甘噛み。

「『サニー』?やめて」
「だからもう言うなってんだよ!」

太陽とかって良い意味じゃない。
坊や、若造、青二才。つまり未熟を指す。
髪を撫でてくる優しい手。

「ふふっ。ごめんごめん」
「…じゃあ一緒に寝る」
「それは全然、いつでも」
「キスは?」
「それも…いつでもどうぞ?」

レイは唇も舌も柔らかい。
ぴちゃ、って唾液の絡み合う音が好き。

「んぅ、っはぁ…ぁ、ふ…」

時折息する時の顔がすごく色っぽい。
したい、でも眠いのも確か。

「やっぱ生殺し」
「この世界の理で考えたら生殺しで済むだけ幸せじゃない。死んでないんだから」

そういう言い回しできたか。
まぁいいや。
明日速攻終わらせてエルヴィンに新しい銃でも買ってもらおう。
試し撃ちはもちろん、次のターゲットで。

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