「早く…早く、急いで…!」

寒気にも似た不安が押し寄せた。
壊滅なんてしてない。
あの子は強いから。きっと何食わぬ顔で巨人を討伐してるに違いない。
ウトガルド城の一部が見えてきて段々と全体がハッキリと見えてくる。
城壁に飛び散った肉片と血。
折れた刃や持ち主のなくなった立体機動装置が虚しく風に吹かれていた。人間がいない。

「…あ…」

すると風が強く吹きレイの視点が止まる。視線の先には1人の兵士が倒れていた。

「ウィユ!!」

馬から飛び降り走り寄る。
こめかみ辺りから長い時間出血していたのだろう、首元は血一色で兵服が染まり周りに滲み始めていた。慌てて上半身を抱き起こしても小さく息を吐く音しか聞こえない。

「大丈夫だよ…!」
「ごめ…なんか、やらかした…」
「いいの喋らないで!今連れてくから…!」
「手も足も…全然、感覚なくて…」

すごい痛い。全部痛い。こちらに寄り掛かる重さがどんどん増してくる。絶対に目を閉じたらだめ。あなたはもう助かったの。手だって足だってすぐ動くようになる。大丈夫だから。片手で支えもう片方で口笛を吹く。
早くこの場から連れて行かないと。
なのに身体が動かない。
次から次へ出てくるのは無責任な大丈夫という言葉と涙だけ。

「あはは、また…泣いてる…」
「泣いてないってば…っ!」
「…私さ…もうすぐ死「あなたは死なない!!一緒にみんなの分まで生きるんでしょ!?」
「レイ!」

あ…ミケとリヴァイ。
私の側に来てしゃがんでくれた。ミケはそれでもデカいのにチビはチビのまま。
すごい驚いた顔。それで分かってる顔。
補佐官なのに何してんだって言われるかな。分隊長の涙がポタポタ落ちてくる。

「クレマンス」
「2人して…そんな顔、出来たんだ…おもしろいもの見れた…」
「…好きなだけ笑っていい」
「ん…そうする…」
「話してる場合じゃな「レイ」

ミケに肩を叩かれる。
どうして決め付けるの?おかしいよ。
わかりたくない。わかりたくないよ。

「ね…支えられた…?守れた、かな…?」
「だから話さなくていいの…っ!」
「ミケと…あー…チビ、じゃなくて…この際リヴァイでいいや…」

頼み…聞いてくれる?

「…分隊長のこと…ずっと守って…」
「何を…」
「こんな、感じで…泣き虫だし…勝手に1人で…抱え込むからさ…」
「やめて!」
「…あぁ」
「約束する」

良かった。
これで、安心。これで心配事は何もない。
なんとか震える手で分隊長にペンダントを押し付けると腕が完全に動かなくなる。最後の力を振り絞った甲斐があった。

「いらない…!あなたが持ってなくてどうするの…っ!?」
「そ…だね…でも、あげる…」

いつか話した私との約束、叶えてよ?
あなたがずっと守られますように。
あなたがずっと笑っていられますように。


「あとから…追っかける、馬…頼んだよ…」


ありがとう。
これで最期だね、さようなら。
何があっても生きて。
それが分隊長への願い事。
楽しかった。思えば幸せだった。

あなたは私にとって最愛の、


「…ウィユ…?」


もう何も映すことのない虚ろな目。

「…ねぇ…返事をして…」

身体を揺らしても反応がない。

「いいから返事をして!!」

返事すらない。
死んだなんて、そんな。

「お願い…私の名前呼んでよ…レイって…まだ1回しか呼んでくれてないじゃない…!」

リヴァイが伏せていた顔を上げそっと目に手をやると開かれていた瞳が閉じられる。悲しいのは俺達だってそう、クソ生意気だが明るく優秀でかけがえのない存在だった。

「お前は今までよくやった」
「死んで…ない…!連れてく…」
「……行くぞ」
「離して!置いてくなんて出来ない!」

ミケが彼女を抱き上げたまま馬に跨り、残りの馬の手綱を纏めて持ったリヴァイ。腹を蹴ると馬が走り出しあの場所が遠くなっていく。

「リヴァイ…っ!なんでウィユの馬まで連れてきたの…?」
「後から…追い掛けるって、これじゃ来れないでしょ…っ!?」
「降ろして…やだ…っ!いや…!」

兵士長に?
そ、なるって約束してよ。
昇格とかあんまり興味無いんだけどな。
よし!なってくれたら敬語完璧に使う。
え、本当?
ホント。
じゃあ…ウィユの敬語聞きたいから頑張る。
あはは!やる気出した分隊長はすごいからその日が来るの案外早いかもね。

「いやああああああ!!!!!」


*


目を開ける。ベッドの上。
すぐ隣にリヴァイが座っている。
血で汚れたペンダントが手に握られていた。ベッドから降りて部屋を出ようとするが腕を掴まれる。振りほどこうにも力負けして出来ない。それでも行かなきゃ。

「…助けに行くの…離して…」
「分かってるだろ」
「知らない!いつまであの子をあの場所に置き去りにする気…!?」
「アイツは「死んでない!ウィユは死んでなんかいない!!」

その時、力が抜けて床に座り込んだ身体をリヴァイが強く抱き締めた。
涙が止まらない。

「レイ」
「…東に行けって…言わなかったら…」
「悪くない」
「あの時…一緒に、っ行ってたら…!」
「お前は何も悪くない」
「ウィユ…ごめんなさい…ごめんなさい…!」

抱き着いて子供のように泣きじゃくる。

夢でありますように。
夢であ ります ように。
夢 で あり ます よう に。

そう だ 。 だい じょうぶ
だって こ れ は 夢 だから 。

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