朝が来て昼になり、夕方や夜になっても兵士長という肩書きは何かと忙しい。次々と渡される書類。目を通してサインをして。レイは機械のようにその動作を繰り返す。時折休むといえばジャケットを脱いだだけ。しっかりとした素材で出来ているから細かい職務をする際は意外と邪魔になる。

「…夜」

気付けば。
ここ数年そればかり。
ふとドアに目をやる。
分隊長いつまでやってんの?ここ最近色々仕事やり過ぎ。明日に回して今日はもう寝る!はい寝る!ベッド行って!

「…」

そんな事を言われたっけ。
言われたような、懐かしく感じるのに朧気になってて思い出せない。しばらくドアを見つめた後に最後の書類を手に取った。そこで聞こえたノックの音に入るよう促せばミケが入ってくる。その手には書類の束。彼はレイの手元を見て察してくれたらしい。

「これは急ぎじゃない」
「分かった」
「…?」

においがした。性のにおいが。
彼女のではない。もっと他の。

「ちょっといいか?」

書類を机に置き椅子の前に回り込んでしゃがむ。座るレイのシャツに手を伸ばしてボタンを1つ、また1つ外していった。現れたのは白い肌に付けられた無数の赤い跡。

「誰にやられた」
「パーティーの後だと思うけど何も覚えてない。珍しく酔ったの」
「…」
「っ…ミケ…」

時折唇にキスしながら付けられた跡に強く吸い付き赤を重ねていく。された事はこれだけじゃない。それで終わる筈がない。しかし無理矢理聞き出しても意味が無いだろう。

(自分をコントロールするのが下手な分いつ暴走して何をし出かすか分からない)

レイが犯された。あってはならない事がとうとう起きてしまった事実。だが何も覚えていないという現実。息を長く吐く。

「ごめんなさい」
「お前は悪くない」

悪くない、何も。
強く抱き寄せれば彼女のにおい。
無感情の瞳がいつまでも俺を見つめていた。


*


昨晩ミケから聞いた話は苛立ちを生まれさせるのに十分だった。椅子に座り次から次へと運ばれてくる書類に手を出すも、俺の目は遥かに違う場所を見ている。変わらぬ様子で言われた通りの職務をこなしているが…
(今すぐぶっ飛ばしてくる)
(これで違ったら面倒になるのはお前だぞ)
(どう考えてもアイツ以外いない)
(そうだとは思うがレイは覚えていないんだ)

「エレン」

呼び付けるとすぐに来た。
無言で睨み付けても変わらない。いつもの怯え方。数十秒会話がないまま。あ、あの…俺何かしてしまいましたか…?耐え切れなくなったのか声を掛けてくるが無視して睨む。リ、リヴァイ兵長…?

「レイに何かしたか?」
「え?それはどういう…」
「したかしてないかを聞いてんだ」
「してません、けど」
「…」
「ほ、本当ですよ!そもそも兵士長とはあまり面識ないですし…」

じゃあ誰があんな事した。
次の言葉を吐き出さずに飲み込む。

「チッ」

思わず出た舌打ち。この件に関してはもう八方塞がりという結論を出して終わらせるしかない。それが俺を更に苛立たせる。コイツがやったのは確実だ。それか適当な理由でも付けて横っ面ぶん殴るのもいいかもしれない。そうすれば気が少しは落ち着く。いや…是非ともそうしたいが被害と加害が一致しない以上、さすがの俺でも意味なく部下を殴ればエルヴィンから処罰を与えられるのでまた1つ舌打ちをする事で何とか堪えた。

「してないならいい」
「は…はい」
「エルヴィンに届けろ」
「分かりました」

手渡されたものを受け取り部屋を出るまでのエレンを観察していると突然振り返った。

「リヴァイ兵長」
「なんだ」
「さっきのレイ兵士長の話で、もちろん例えばなんですが」
「それはもう終「何かしたって言ったらどうしてましたか?」

だがもう時効の話。
溜息が出る。このクソガキ。
とうとう動いた。
(やっぱりお前だったか)

「そ、そんな睨まなくても!あくまで例えばですよ!」
「知ってる。まぁ半殺しは確定だな」

この答えに満足したならチンタラしてないでさっさと行けと言えば大慌てで部屋を去っていく。その時エレンが笑っていたのを俺は見ていなかった。


*


「エル」

呼ぶ声に抱き締める事で返す。
ベッドに2人で横になる。
真っ暗だと顔が見えない分、声がよく聞こえる気がした。

「何処にいるの?」
「それはウィユのこと?」
「会いたい」

子供をあやすように頭を撫でる。

「死んでも見えなくなっただけ」
「あぁ」
「だから生きてる」
「…そうだね」

血にまみれた兵服。
錆び付いたペンダント。最後に握った手。
小さな笑顔、溢れる涙と泣き叫ぶ声。
何も映さない瞳と動かない身体。
彼女から託された大切な人と、願い事。

レイの心はウィユが死んだあの日、粉々に壊れた。

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