「これ報告書」
「…あ、ごめん。ありがとう」

壁外調査が終わる度にレイの瞳はいつも翳る。命の宿ってない人形の目を嵌め込んだみたいに。泣きそうで泣かない。かといって笑うわけでもなく。延々と曇り空みたいに。だから報告書をこんな近くで渡しても補佐官の姿は視界に入ってなかったのだろう。受け取った手が僅かに震えていた。

「体調悪い?」
「平気だよ」

再び書類に視線を落とすレイの姿を一瞥した後に自分の特等席であるソファに腰掛けた。やる事が終わったので手持ち無沙汰にペンをクルクルと指の中で回す。

「壁外調査で誰1人死ななきゃいいって思ってるんでしょ」

ほら、図星。

「バレてないとでも思った?」
「え…?」
「私が判断を間違えたから部下が死んだ。あの時ああしてれば、こうしてれば」

はぐらかそうとしたって無駄。

「責任感じたらダメだって」
「…もういいから」
「なのに毎回自分のせ「ウィユ」

立ち上がりこちらに来た彼女の目は変わっていた。困惑からの…怒りだ。

「何が言いたい?」
「分隊長さぁ、甘いんじゃないの?」

人は死ぬよ、必ず。

「おっと首締まる。シャツ引っ張り過ぎ」
「じゃあなに!?死んだのに悲しんだらいけないっていうの…!?」
「は?そんな事言ってな「命令を出したのは誰だか知ってるでしょ!?それで部下は死んだの!」
「…だから…」

今ハッキリ言ってよ、私のせいで死ななくていい仲間が巨人達に喰い殺されたって。

「話を聞けってんだ!!」
「入る、!?」
「この書類で聞き、えぇぇぇ!?」

リヴァイとハンジ、2人が部屋に入った瞬間に飛び込んで来たのは補佐官がレイを床に押し倒している光景だった。
お邪魔した…いや、明らか険悪な雰囲気だ。

「死んだ人間はどんなに悲しもうが生き返らないんだよ!」
「ちょ!ちょっと落ち着、あだぁっ!」

早速ハンジが離そうとするも失敗。リヴァイが何とか引き離したがあと何秒持つか。彼女だけならいいがレイも怒りがまるで収まらないらしく今にも飛び掛りそうな勢い。1人ではどうしようもない。2人同時に取り押さえないとダメだ。

「今すぐミケ呼んで来い!さっさとしろ!お前等は1歩も動くんじゃねぇぞ!」

ハンジに助っ人は任せるとして。
この牽制も何秒持つか。

「なら誰のせいだって言いたいの!?」
「巨人に決まってんだろうが!」

情の欠片もなくあっさりと命を喰い散らかしていく巨人が悪い。

「違う!死ぬべきだったのは、」

パン…ッ!!

やっとミケ達が部屋に辿り着いた時、乾いた音が全体に響き渡る。レイの頬が引っぱたかれたのだ。

「…次それ言ったら…そのツラ原型なくしてやるからな…!!」
「クレマンス!いいから落ち着け!」

ミケに羽交い締めされてもお構い無しに暴れ回るウィユ。リヴァイも同僚の腕を掴み再び離させた。

「分隊長は悪くない!」
「…さい…うるさい!」
「レイ!」
「償っても償い切れな「ったく…!いつまでも私が悪いの一点張りかよ…こんのすっとこどっこい!!」
「っ馬鹿力が…!」

すべき事は死んだ部下を誇りに思う事だろ!自分の意思で調査兵団に入って、自分の意思で命令に従ったんだ!万が一も覚悟した上でみんなそうしてきた。それなのに私が死ぬべきだった?そう言われちゃ分隊長を信じて一生懸命やって来たアイツ等も浮かばれないわな!寝言は寝て言え!

「アンタが一番しなきゃいけないのは生きることだろうが!!」

暴れていたレイの動きがハッと止まる。

「1人で何もかも背負った気になるな!」
「つらいならつらいって、苦しいなら悲しいなら、いつでも頼っていいんだよ!」
「アンタを支える為に私がいんだろ!?これじゃ何の為の補佐官だよ!」

力の限りにミケの拘束から抜け出した彼女は部屋を飛び出し、それを皮切りにポロポロと涙が零れ出した。


*


壁内が一望出来る壁の上。
なんとなく、此処にいるんだろうなって来てみたらやっぱり。膝を抱えて座っている。とりあえずドカッと隣に腰掛けた。目元と引っぱたいた場所が赤くなってる。触ってみたらまだ熱を持ってた。

「探した」
「…ん」
「……その…ごめん」

痛かったよね。

「あと…色々言い過ぎた」
「…いいの。私の方が謝らなきゃ。ずっと支えてくれてたのに」

まだ新兵だから心配かけないようにやってたつもりが余計に心配させてたなんて。

「…ヴァルトではさ、誰かが死んだとしても死んだって考えないんだ」
「どういうこと?」
「生きてる人には見えない世界に行った」

見えなくなっただけ。
仲間意識の強い一族だからそう思う事で悲しみを和らげてきたんだろうね。でもこういう考え方もありじゃない?

「一緒にみんなの分まで生きよう」

もう1人で背負うのは今日で終わり。
何があっても私は分隊長の味方だよ。
何があってもあなたを支えて守るよ。

「だから…これからもよろしく、レイ」
「…え…?今、名前…呼んだ…」
「そういや初めて呼んだ、って何泣いてんの?ほらほら泣かない」
「だ…だ、って…!」
「あはは、意外と泣き虫だなあ」

頭を撫でているとこちらの肩に寄り掛かってくる。その上に自分の頭をコツンと乗せた。

「リヴァイ達に謝りに行こう?」
「後でね、もう少しいようよ」
「…うん」

夕陽が眩しい。明日も晴れるだろう。
本当に、ありがとう。

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