ふと目を覚ます。
でも寝た頃と同じ暗さで時間は大して進んでなさそう。寝たいのに寝れない。かといってこの部屋でずっと眠気を待っていたら朝が来てしまう気がしたので、何か飲んでから寝ようとレイはベッドから降りドアを開けた。

「…あ、」

そこには先客が。ソファに座りノートパソコンを開いているミケだった。リビングは真っ暗なのに液晶の光で目がチカチカする。音に気付いたのか首だけをこちらに向けてきた。

「…寝れなくて…」
「それよりその格好は、」

どうしたんだと言われハッと気付く。自分の今の姿はバスタオル1枚を身体に巻いただけ。誰かいると思わなかったのと、服が制服しかないと伝えたら一旦部屋へと行きパーカーを手にして戻ってきた。

「何も着ないよりいいだろ」
「…あり、がとう」
「どういたしまして」

着替えが見えない所に移動してからタオルを外してパーカーを着る。ワンピースみたいにすっぽりと隠れた身体。眠気は何処かへと行ってしまったらしい、この真っ暗に段々と目が慣れてくる。

「隣…座ってもいい?」

返事の代わりにソファが軽く叩かれたので音を立てないようにレイは座る。
真正面の窓からは深夜なのに立派な夜景が見えた。何か飲むか?その質問にコクリと頷く。立ち上がる際に置いたパソコンの画面には英語がびっしりと並んでいた。後ろのカウンターキッチンで手際良く準備する音が聞こえてきたのでソファの背もたれに手を置き振り返る。淡い色の照明。

「あれ…?お兄ちゃん眼鏡かけてたの?」
「たまに」
「似合ってる」
「そうか。これで良ければ」

手渡されたマグカップの中身はホットミルク。両手で持ちふぅと息を吹きかけてから1口、ほんのりと蜂蜜の味がする。ミケはレイの隣に座り再びカタカタ。画面を見ている彼と目が合うことはない。

「美味しい…」
「火傷するなよ」
「…私もう18だけど」
「ならまだ子供だな」

もう子供じゃない、からかわないでと少しむくれていればポンポンと頭を撫でられた。そうすれば機嫌が直るとでも思ってるんだろうか?それならと悪戯心の芽生えたレイはマグカップをガラステーブルに置き、頭を撫でている手を自分の両腕に抱き締めた。

「仕返し。どう?」
「どうと言われても特に問題ない」

片手になっても気にする事なくキーボードを打ち続けている。目だって合わせてくれない。お兄ちゃん。呼んだら返事はしてくれるのにこっち向かない。分かってはいる。勝手に起きて勝手に隣に座ってるんだからワガママな事くらい。でも、ちょっと構ってくれてもいいのに。

そして込み上げてきた不思議な感情。
…どうして…?朝になったら本家に帰る。帰りたい筈なのに。ほんの少しだけ。

( か え り た く な い っ て )

全然大きさが違う腕。手のひらを広げて自分のと比べてみても一目瞭然。それでいて指が長い。そっと重ねてみたらギュッと握られ指と指が絡んだ。

「!」
「そんなに驚くとは思わなかった」
「…驚いてない。違う。だってずっとパソコンばっかりだから…」
「…あぁ、構って欲しかったのか」
「わっ」

突然ミケはレイを横抱きのまま自分の膝の上に乗せる。倒れないように右手を身体に回し左手はキーボード。あたたかい体温を間近に感じる。

「これが不満ならエルヴィンとリヴァイがした事をしてもいいが」
「知って、たの…?」
「同じ屋根の下にいるからな」

しかしそれ以降彼が何かを追求してくることはなかったし、言ってくることもなかった。髪の毛を触っても怒らない。指先で前髪をかき上げたら青い瞳。…この家の人達に嫌われてるわけじゃないっていうのは本当…なのかも…?

「…お兄ちゃん」
「ん?」
「…あのね、キス…して…?」

ふいに出たのだ。僅かな欲が。
このまま何もしないのは、いやだと。
するとレイの頬に唇が当たる。
一瞬の出来事。

「そ、そうじゃないよ」
「子供じゃないなら自分で言わなきゃな」
「…くち」
「分かった」

唇と唇、またほんの一瞬のキス。
そう、これで(満足いくわけがない?)
もっと(キスしたいの)
私なのに私じゃないような。
頬に両手を添えて自分から。

「レイ?」
「…もっと構って、んっ」

キーボードから左手が離れて気付けば舌が中に入っていた。息をするのも構う暇なく舌を絡めていく行為は、私がして欲しかった事。唇が離れるとミケが舌を出していた。

「ん、んっ…ぅ…ふぁ…っ」
「甘い」
「…お兄ちゃんのばか」
「どうしてそうなるんだか」

一言伝えてくれればいくらだって構ってやるのに。その言いたくても言えない仕草が可愛らしいと思った。


*


深夜3時。ただいまの意味も込めカウンターキッチンに車のキーを投げ置いたら思いの外うるさい。そうしたら「起きる」と言われたので隣に座るとパソコンしてるミケの腕の中でレイが寝ていた。

「最後まで?」
「キスだけで何も」
「お堅いフリはさすがときた。そういやあの女どうした、ホステスの」
「別れた」
「早ぇよ」

あっさり付き合ってあっさり捨てやがった。こりゃナンバーワンのプライドもズタズタにされた事だろう。結構執拗な性格だと印象付けていたがよく別れられたな。

「お前よりいい女を見つけた。そう言っただけだ」

いい女、眠る少女。
なるほど。

「それはお気の毒」

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