結婚式。
それは人生最大のイベント。
資産家一族でもあるローゼンハイム家では本家だろうが分家だろうが、誰かが結婚する度に盛大に祝うのが当たり前となっていた。
着飾った新郎新婦。
拍手に歓声、写真の嵐。
今は歓談の席。鮮やかに盛られたビュッフェスタイルの料理が会場を彩っている。本来の結婚式なら契約上分刻みのタイムスケジュールを組まなければならないが、何せ日頃から贔屓にしている高級ホテルを丸々貸し切っているのでそこは問題なし。
だが飽きるものは飽きる。
「同じローゼンハイムっつっても知らねぇぞ」
「分家の方だからな」
リヴァイが適当な料理を取って席に戻るとミケが入れ違いに席を立った。飽きたから煙草を吸いに行くらしい。お前はどうすると聞かれたので食ってから行くと返しておいた。
2人の父親であるエルヴィンは遠巻きの親戚と仲良さげに話をしていてる。あのクソみたいな笑顔が面白かったので新郎新婦を撮るフリして何枚か撮っておいた。たった数十秒の暇潰し。飽きたのは俺も同じだ。
*
換気も清掃も完璧に施された喫煙所。
ライターで火を点け一気に身体の中へと煙を流し込む。落ち着く瞬間。長時間吸えないのはつらくて仕方が無い。ヘビーではないが結構吸う方だから。
「いつ終わるんだか」
シルバーグレーのネクタイを緩めながら溜息にも似た形で煙を吐き出す。ぼんやりと視線を上げればリヴァイが入ってきた。新しいのを買いたかったので最後の1本を渡し、ご丁寧に火まで点けてやった。
「飯は美味い」
「まぁ」
「エルヴィン置いて帰るのもアリだな」
吸い終わるのを待ってから喫煙所を出ると女が1人、ソファに座っている。大方『遠い親戚』に当たるヤツだろう。だから素通りしようとした。
「…お兄、ちゃん…?」
したつもりが声を掛けられたので反射的に足が止まる。
「覚えてる?レイです」
「…」
何故か呆然と見てしまった。
エルヴィンの弟の娘、つまり俺達の従姉妹。
確か両親は随分と小さい頃に他界していて祖父母の家に身を寄せていると聞いた記憶があったような。リヴァイもようやく思い出したみたいで。
(何かが生まれた)
「…幼稚園入る前か、最後に会ったの」
「うん。ふふっ、嬉しいな。ちゃんと覚えててくれたんだね」
「今いくつだ?」
「18歳、高校3年生だよ」
やっぱりお兄ちゃん達だ。
会えてすごく嬉しいと屈託無く笑うレイ。
「学生なら制服かと思ったが」
「私は制服で出るって言ったんだけど親戚のお姉さんが買ってくれたの」
(じわりじわりと滲み始める)
細い身体を覆ったパールピンクのドレス。長い髪は綺麗にスタイリングされていて化粧もしっかりと。大人びた雰囲気を醸し出しているが、それでも笑えばまだまだあどけない18歳の少女だった。
「ミケ、リヴァイ…と、」
第3者の声にレイが頭を下げた。
「お久しぶりです」
「君とは…何処かで会った気が…」
「レイだ」
「レイ…あぁ!こんなに大きくなったのか…分からなかったよ。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「はい、叔父さんもお元気そうで」
現在高校3年生のレイは祖父母の家から1時間掛けて学校に通っているんだとか。聞けば俺達の家のすぐ近くにある事が分かった。いくら孫とはいえいつまでも世話になるのは申し訳ないと思っているらしくどうにかしたいらしいが、18歳である以上1人暮らしはまだ禁止されている。
「結局20歳まで待つしかなくて」
「なら此方から通えばいいんじゃないか?」
「え?」
「その前に男所帯で良ければだが」
おっと、長々話してしまったね。
とりあえず今は戻ろう。
今度下見も兼ねて遊びに来るといい。
「ありがとうございます」
穏やかなのにエルヴィンの目はちっとも笑っていなかった。欲望に溢れた目。
そう、きっと俺達も。
最高の獲物が目の前に現れたのだから。