「おはよう」

俺はジャン・キルシュタイン。
貴族ローゼンハイム家の執事だ。
冒頭の挨拶におはようございますと俺が仕えているお姫様に返す。が、おかしい。仰向けに寝ているだけなのに身動きが全く取れない。手も足も、はたまた顔すら動かせない中で意識が少しずつ覚醒していく。

なんだ、身体が縛られてるからか。

お?

「ギャー!!!」
「耳に心地良い悲鳴ね、寝覚めはどう?」
「最高です!ではありません!え!?な、なんですかこれェェ!!」

俺の頭上の上にキラリと鈍く光る刃。

「これはギロチンよ」
「ギ、ギロチン?」
「えぇ、2本の柱の間に吊るした刃を落として柱の間に寝かせた人の首を切断する斬首刑の執行装置なの」
「斬首!!?」
「素晴らしいデザインね…ゾクゾクしちゃう」

慌てふためく俺を余所にレイ様はうっとりした表情。

「その怯える顔…なんて素敵なの…」
「姫様!何か失態を犯したならばすぐに謝罪致しまちょ、刃が落ち、ギャー!!」

………
……


「…へ?」

反射的に目をつぶったが首は繋がったままだった。拘束を解かれ恐る恐る手でギロチンを触ってみる。どうやらレプリカらしく刃もぐにゃりとした柔らかいゴム製の物だった。

「あなたを殺すわけないわ。でも雰囲気は楽しめたでしょ?」
「は…はは…お戯れを…」
「さぁ朝食の時間ね」


*


「…レイ様?」
「なぁに?」
「これに座れ、と?」

彼女の部屋のド真ん中に置かれていたのは鉄製の椅子。それには腰掛けひじ掛け、背もたれ足置き全てにまんべんなく針が敷き詰められている。針!?座った者の全身に穴を開ける拷問器具、審問椅子のご登場だ。腕を引かれて座ってみたら針はこれまた柔らかいゴム製だったが恐怖しかない。
レイ様が俺の目の前に座り朝食を一口ずつ差し出す。先程から所謂『あーん』で食べさせてもらってる。嬉しくない訳では無いが嬉しいよりも圧倒的な恐怖しかない。

「本物だったら今頃ジャンの全身が穴だらけね、ふふっ、ねぇどう?どんな感じ?」
「どんな!?怖いしかないです…!!」
「あぁ感動しちゃう、私大好きなの。あなたの反応」

そう、レイ様はドSだった。
ヒールで踏まれる馬乗りに乗っかる、鞭で引っぱたかれるは朝飯前。日夜あらゆる道具を使って俺を絶体絶命に追い込んでくる。
最近夢中になっているのが『中世ヨーロッパの拷問器具収集』だった。ギロチン、審問椅子に始まりファラリスの雄牛、カタリナの車輪、頭蓋骨粉砕機などなど。どれもレプリカだがそういう事じゃない。関係ない。本物レベルの恐怖。この前はアイアンメイデンに閉じ込められて本気泣きした。

そして俺が叫ぶ度、泣く度にレイ様は恍惚な表情を浮かべる。もっと叫べもっと泣け。どう見たって普通のお姫様じゃない。

「しっかり完食。それじゃ逃げてね」
「は、はい?」
「食後の運動よ」

パシィィィィン!!!

「ヒィィィ!!いきなり鞭!?」
「素敵…いい?1回でも叩かれてごらんなさい、ガロットだから」
「おおお待ち下さい!ガロットだけは!ガロットだけは何卒ご勘弁を…!」

窒息死させる拷問器具。
何故かそれだけは本当に嫌いだった。だからって他の拷問器具が決して好きという意味ではない。
するとレイ様がしょぼくれた顔になる。

「え…」
「…ごめんなさい、そうよね…あなたの事何も考えてなかった」

急に抱き着いてきた頭一つ分小さい彼女。

「っと…どう、されました?」
「嫌だったよね…ずっと…」
「姫様…」
「私ばっかり、馬鹿みたい…」

抱き着いたまま動かない。
そっと背中に手を回す。
こう見ると普通の可愛いお姫様だ。

「ジャンだってして欲しい事いっぱいあった筈なのに」

ん?

「それに欲しい拷問器具があれば買うわ、何でも言って?」

そうだ、お父様に頼んでみんなで買いに行きましょう?見て選んだ方がいいものね。私があなたにプレゼントしてあげるわ。顔を上げたレイ様はキラキラと笑っていて。

「ストラッパードなんてどうかしら?」

前言撤回。

死んじまう。

それでも毎回命の危険に晒されているのに身体張って付き合う俺はドMなのかもしれない。いや、そんな事はないと…思いたい。



「吊し上げじゃないですか!」
「ふふっ、楽しませてくれたらお風呂一緒に入ってあげる」
「頑張ります」

あれ?

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