「私にはもう心に決めた相手がいますの、ごめんなさい」

ローゼンハイム家は主、アルレルト家は従。
この関係は先祖代々から続いている。
僕が仕えている方は5つ歳上の20歳。
帝国内の法律で結婚は男女共に20歳から。なので誕生日を迎えたのを皮切りに毎日といっていい程婚約の申し出が東西南北あらゆる貴族から舞い込んでくる。

彼女を一言で表せば『立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花』
お淑やか、上品、気品溢れる等々、そのどれもが当て嵌るお姫様。それなのにレイ様はどれだけ権力や財産があったり魅力的に見える方であっても首を縦に振る事はなかった。


*


「レイ様、あの…」

冒頭の台詞で通算何回目か分からない婚約を断った彼女は広い自室で先代の奥様、彼女のお祖母様から教わった編み物をしていた。隣に座ってと言われたのでそれに従い座る。編み物をしている姿ですら綺麗だった。

「何かしら」

黙々と編み針を操っている。

「どうして…断り続けているんですか?」
「あなたもその場にいるんだから何度も聞いているじゃない」
「は、はい、出過ぎた真似を致しました…!申し訳ございません」

クスッと笑いレイ様は編み物を続けた。

「その相手以外とは結婚したくないの」

チクリと感情に針が刺された様な。
すごく寂しくなった。
いずれ彼女は結婚する。
ローゼンハイム家からも出て行って、僕とはもう会うこともなくなるんだ。きっと、誰よりもレイ様を知ってて今までお仕えしてきた自負の気持ちだってその日が来れば一瞬で消されてしまう。
でも仕方ないと思うしかない。
まるで違う、従う立場の僕が何を思った所で変わらないんだから。

「アルミン?」
「…えっ?あ!はい!大丈夫です!」
「難しい顔をしていたから」
「いえ、そんな事は…決して…」
「それならいいのだけれど」

丁寧な手付きで編み物を置いたレイ様は大きな窓から見える景色を眺め始めた。大きな木がすぐ見えて…小さい頃に2人で登ったの覚えてる?擦り傷だらけになって怒られたわねと仰った。懐かしい思い出。その他にだってたくさんある。僕は鮮明に1つ1つ思い出せるけど彼女は覚えているのかな。

「不器用な所があって失敗だって良くするわ」

わたしは大人になっても結婚なんてしたくないもん。
いやなの?
絶対にいや!だって知らない人とするのよ?幸せになんかなれないもの。
じゃあレイさま、ぼくとしてください!
え?私は10歳であなたはまだ5歳でしょ?
ぼくがオトナになったらできるよ!
ほんとうに?幸せにしてくれる?
はい!やくそくします!
あと…15年もあるけどほんとかなぁ?でもアルミンとならなれるかも。ずっと一緒だったから。
やった!だからまっててね?

「おっちょこちょいな所も。でも彼はとても優しくて人一倍努力してる」

見つめてくる目は優しくて。
レイ様の言葉が嘘でないなら、顔が真っ赤になってる僕はきっと正しい。

「そ、れって…」
「ふふ、忘れるわけないじゃない」

だから全ての婚約を断ってたのよ?

「私はあなたと結婚するって心に決めてるから」

あの日の約束を忘れた日はない。
でもいつか風化してしまうんじゃないかと思ってた。そんな事もあったねってくらいに。それが、ちゃんとレイ様は覚えていてくれた。恥ずかしくて嬉しくて、何だかまともに顔を合わせられない。

「で、でも…」
「立場のこと?その時はローゼンハイムを出て何処かで暮らせばいいわ」
「レイ様…」

少し涙ぐんでしまったのもちゃっかり見られてしまい笑われる。それでも良かった。これからも一緒にいれるという最高の幸せがあるから。

「あと5年」
「短いようで長い…ですね」
「そうかしら?もう10年待ってるんですもの、あっという間よ」

だって幸せにしてくれるんでしょう?

「っはい…!」

それほどなの。
それほどあの日の約束が私にとっては嬉しかったの。ありがとう。ずっとこれからも待ってるから。2人で5年後、幸せになりましょう?



僕の頬に唇が触れた。
「だから素敵な男性になってね?アルミン」

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