「今日は新兵が来る日ですね」

ついこの間まで新兵だったエルド達がもう先輩という立場になる。時間の流れは早いものだ。それよりも1人の補佐官についての話題で持ち切りになっていた。

「特例か」
「訓練兵団首席らしいですよ」
「しかも女だそうです」
「名前は「入るよー…って、アレ?」

突然の訪問者。
見慣れない顔。リヴァイは書類を机に置き入ってきた人物を見た。

「ごめんごめん!部屋間違えたっぽい」
「おい」

初対面、それも恐らく新兵の分際でノックの一つ、敬語の一つも使えないとは何様だと睨みながら詰め寄る。しかし当の本人からは反省の欠片も伺えない。

「わぁ態度デカいのにチビだね」
「ちょ、おま…!!」
「誰がチビだクソガキ(160cm)」
「アンタの事だってば(171cm)」
「いいから名乗れ」
「あ、忘れてた。ウ「此処にいた!」

今度は何だ誰だ。
不機嫌が重なるリヴァイだったが訪問者がレイと分かると1つ大きな溜息を出すだけに留めておいた。部下達が敬礼をする。

「いいの楽にしてて、ごめんねリヴァイ。すぐ戻るから」
「あぁ」
「だそうで、お邪魔しましたー!」
「二度と来んな」

やっと戻ってきた静寂。
嵐が去るとはこういう事か。
また出る溜息。連れて行かれたってことはあのクソガキが…補佐官?

「…そ、想像と全く違いましたね…」
「散々聞けなかったが名前は」
「あ!はい。確か、」


*


「ウィユ・クレマンス、よろしくね分隊長」

やっと部屋に辿り着けたので自己紹介。
へぇー。物珍しそうにレイの周りをウロウロ。噂は訓練兵団の時からあれこれ聞いてたけど…全くいかつくなくて驚いた。ただの細い女の子って感じ。

「どうかした?」
「なーんも。ちゃんと飯食ってる?」
「食べてるけど?」
「それならいいんだ」
「?じゃあ早速やる事あるから」

座らせて目の前に書類の束を置く。
入団した新兵がすぐ補佐官という役職に付くのはまずない。だが調査兵団は常時人手不足故にこういった特例も過去に何度かあり、今回彼女がそれに当て嵌ったのだった。
とりあえず目を通せと言われたので1枚1枚通し始めた。飽きるとチラと目の前の分隊長を見ながら。視線に気付いてない…なんて事はなさそうだがレイは黙々と仕事をしている。

「ね、あのチビがリヴァイでしょ?」
「上官に当たるんだから敬語を使って。私には良いけど」
「無理」
「なら覚える」
「無理」

それに対しての返事が溜息だったので再び書類の束と睨めっこ。敬語、いや無理だな。というかどれだけの時間経ったんだろ。結構経ったと思うけど。すると声を掛けてきたのは分隊長の方、ガラス細工みたいな瞳だった。

「それ…綺麗だね」
「あぁコレ?」

シャツの間から見えた小さなペンダント。
青い…歪な形をした石が付いている。

「ヴァルト族って知ってる?」
「秘境の民とかって呼ばれてる…」
「私はその一族出身でさ」

ウォール・ローゼ南区のダウパー村って知ってるでしょ?そこからもっと森の奥深くに入ってった所に故郷があるんだ。ダウパーのヤツ等と同じように狩りしてるけど私らはもっと閉鎖的に暮らしてる。みんな家族、外は敵って認識だからヴァルト以外の人間と関わりを持つ事が許されていない。

「ならどうして此処に?」
「抜けたからね」

集落から遠い場所に鍾乳洞があるんだけどそこの最奥にしかない鉱石があるんだ。たった1人で何日もかけてその欠片を取りに行く。それで生きて帰ってこれたら外の世界に行けるっていう慣わしが昔からあって私は外に行く事を選んだ。その代わり二度と一族とは接触できない。親兄弟であっても。

「もう赤の他人、敵ってこと」
「…そうだったんだ」
「この鉱石には幸運とか平和、無事って意味があんだって」

レイは近付くとペンダントの鉱石を手に取り眺める。表面上はそうかもしれないけど…本当は離れていても一緒だよ、無事でいてねって事を伝えたいんじゃないかな。

「話してくれてありがとう」
「どーいたしまして」
「そうだ。後で挨拶回りに行かないと」

紙面上知ってるとはいえ本人にも直接挨拶をさせなければいけない。

「それもうやったと思う、たぶん」
「たぶん?」
「部屋何個か間違えたし」

(あれ?あなたは確か…)
(何だこの変態そうな眼鏡は!)

(ん?お前は確か…)
(デカッ!ってデカヒゲに用はない!)

(おや?君は確か…)
(金髪眉毛でもない!分隊長どこ!)

「こんな感じで」
「…」
「アレ?おーい、どーした?」


*


「本当にごめんなさい…!」

部下がとんだ無礼をしたと同僚達に頭を下げているレイ。補佐官は首を傾げている。

「なんで頭下げてんの?」
「テメェの尻拭いしてんだろうが」
「え?何かした?」

1回死なねぇと分からないらしい。
一方的な一触即発の状況にまぁまぁ!とハンジが割って入る。

「元気があっていいじゃない、ね?」
「何はともあれ今後ともよろしく頼む」
「こちらこそー。エルヴィン、ミケとハンジとチビね。覚えた」
「殺「それじゃ腹減ったんで!分隊長も行こ!」
「ウィユ!!」

自由奔放な補佐官にレイの顔には既にガッツリと疲労の色が浮かんでいた。

「…だから…あれ程敬語を…」
「だ、大丈夫か?」
「根は…いい子なの…」
「躾以前に必要なのは調教だな」

覚えてる?
私とあなたは、あの日確かに同じ場所にいたんだよ。

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