もう何年前だろう。
あの日は雨が降っていた。
家族4人で出掛けた日曜日。
車の中ではしゃいでた。
その日は大好きなアイドルが大きなショッピングモールにスペシャルライブをしに来る日だったから。両親から行かない?と誘われた時の気持ちは今でも覚えてる。

「早く着かないかなぁ」
「あはは、そんなに慌てなくてもアイドルは逃げないって」
「いつか絶対同じステージに立つの!だから…わたし、アイドルになれるかな?」
「なれるよ。絶対なれる」
「ほんと?」
「お姉ちゃんが保証する!だから諦めないでね?ずっと応援してるから」
「うん!」

他愛もない会話。
赤信号で車が止まると指を差す。
ショッピングモールがあったと。
普段よりも何割も増したご機嫌な様子にみんな笑っていた。もう少しで着くねと。

「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「ん?」
「楽しみだね!」
「そうだね」

それが最後の会話だった。

次の瞬間には耳を劈く様な衝突音と身体を駆け巡った衝撃。痛みすら感じなかった一瞬の出来事。バチッと停電で電気が消えるかのように意識が途切れた。


*


意識が戻った時、私は病室にいた。
全身筋肉痛に似た痛みを感じながらゆっくり意識を覚醒させていく。大丈夫よ、看護師さんの声が初めに聞こえてきた。奇跡的に右腕の骨折だけで助かったらしい。私だけが。

え?

待って。

わたし、だけ?

「どういう…意味、家族は…?」
「救急車で運ばれる前にはもう、」
「何それ…え?死んだ、んですか?」

脇見運転をしていたトラックが突っ込んできた。それが事故の原因。家族は救急車が着くまで持たなかったそう。そうじゃないでしょ、そんな事聞きたいんじゃない。

「何が…え、だって…普通に、普通に車乗ってただけですよね?」
「…」
「何も悪くないでしょ?それなのに?なんで…なんで…?どうして死ななきゃいけないの…!?」

涙で視界が消えていく。
喚き散らすのはお門違いだ。
看護師さんは悪くないんだから。

「…返して…」

それでも止まらない。
本能が止まらない。

「父さんも、母さんのことも…」

スペシャルライブ見てみんなでご飯食べて楽しかったねって笑う筈じゃなかったの?なんでこんな事にならなきゃいけないの?あの子の夢はどうなるの?どうしてあの子の夢を奪ったの?
返して。ねぇ今すぐ返して。

「レイを返してよ…」

私を抱き締める看護師さんの腕が、それだけが今の支えだった。しがみついて泣き叫ぶ。どんなに強く抱き着いても看護師さんは怒らないで背中を優しく摩ってくれた。ずっと。

「レイを返して…っ!!!」


*


「…あれ?」
「おはよう、夜だけど」
「なんで2人は此処に?」
「泊まりに来たの寝て忘れたかよ」

狭い自室に3組の布団。
そうだったっけ。そうなんだろう。
なんか…ユミルとミカサの顔みたら安心した。起きた時誰もいなかったら本気で泣いてたかもというのは秘密。

「レイの夢を見たの?」
「なんで分かった?」
「そんな気がしたから」
「うん、見た」
「あの子は可愛かった」
「いつも歌ってくれたよな」

そう、私の大切な妹はみんなのアイドルになった。永遠に歳を取らないアイドルに。

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