目に飛び込んできた景色は荒れに荒れていた。先程まであんなに平然としていたこの場所がこんなにも姿を変えてしまうのだろうか。リヴァイはレイを乗せ壁内を走っていた。兵服の人間や一般人と思える身体の一部を失った死体や血だまりが目に入ってくる。

「門が破壊されたと言ってましたね」

此処からでも聞こえてくる大きな音。

軽々と屋根の上を移動し例の門が破壊された場所へと移動していく。九尾の黒狐が走っていたら普通驚かれもするんだろうが今は状況が状況。やがて見晴らしの良い場所に辿り着くといた、大小様々な巨人達が。以前に侵入していた巨人は兵士達が応戦をしている。途中聞こえてくる人間の断末魔、まるで地獄絵図を現している様だった。

「見て!また中に…」
「あの4体を引き受けるか」
「はい」

音も無く屋根から降り立つと堂々と巨人4体の前に足を進めた。ある程度の距離を保ち立ち止まる。するとレイ達を完全に捕食対象と捉えたらしく一同にこちらを向いた。リヴァイはフヨフヨと尻尾を振っている。しかし何という顔付きだ。

「久遠にもこんな面したヤツいねぇぞ」

1歩、また1歩。揺れる地面。

「怖くないのか?」
「皆さん戦ってるんです」

怖いなんて言ってられない。
それに私は大丈夫。
ちっとも怖くないの。

「あなたがいるから」

レイが身体を一撫でするとリヴァイは背を向け走り出した。それに合わせ後ろからあらゆる走り方で追い掛けてくる4体の生々しい巨人。速度的に追い付かれはしないものの適当に走り回っていても意味が無い。何処か纏めて始末出来る広い場所でもあれば良いんだが。

「確かこの先に大きな広場、…あ!」
「チッ」
「子供が…!」

前方に口を大きく開けた巨人が地面にペタリと座り込み恐怖で震える子供に飛び掛かっていた。後ろにも巨人、前にも巨人。兵服から1枚の呪符を取り出す。

「陰陽道 時の式・刹空絶」

呪符がサラサラと消えると動きが止まった。人も街も巨人も。自分達以外。動きの止まった子供を抱き上げると同時に再び全てのものが動き出す。飛び掛った巨人はそのまま民家へと突っ込んだ。
しばらくしてハッと呆然としていた意識が戻った子供は震える手でレイにしがみつく。

「怪我はなさそうか?」
「うん」
「っみんな…巨人に食べられたの…こわいよ…わたし死にたくない…っ!」

もう大丈夫よ。
しっかりと掴まっているよう声を掛けて後ろを見る。話に聞いた通り、この狭い中じゃ殺さない限りいつまでも追ってきそうだ。これ以上なるべく犠牲を出さない為にも。身を出来るだけ伸ばして自分の指をリヴァイに噛ませると、牙が通ったその筋から赤い血が流れた。印を結び始める。

「おねぇちゃん…?」
「狐さんがあなたを守ってくれるから」
「無傷じゃねぇと承知しねぇからな」
「約束します、さぁ行って」

飛び降り結び終えた手を地面に置くと手のひらを中心として幾つもの梵字が滲み出てきた。式神を呼び出す際にはこうしなきゃいけないのが難点だが間に合って良かった。

「召の式・八岐大蛇」

突如巨人の行く手を阻むようにして八つの首と赤い目を持つ巨大な蛇の妖怪が地面から現れた。甲高い鳴き声を上げながら鋭い牙で巨人達に噛み付きその身体を無残に引き千切っていく。凄まじい光景だ。まさか大蛇を使う日が来るなんて思いもしなかったけど…ひとまずこの場はこれで収まるだろう。

「あとは頼みましたよ」


*


「…レイは無事か」

主の気をしっかりと感じる。
それよりもいつの間に大蛇なんて式神にしてやがったのか。善鬼だ護鬼だの、餓者髑髏だのとんでもねぇの従えちまう辺りが妖怪ながらにアイツの一族は流石だと思った。

「きつねさん…」

しかし『ちょうさへいだん』の連中はチンタラ何やってんだか。高い屋根から辺り一帯を見るも…まだ巨人があちこちにいる。その時隣にいたガキがヒトガタになった俺の足にしがみ付いてきた。

「なんだ」
「ここにいるみんな…死んじゃうの?」
「俺が知るわけねぇだろ」

握んな着物に皺が出来んだろうが。

「お前はどうしたい」
「…生きたい…っ」
「そうか」

嗚呼テメェ等全員、世話が焼ける。
日輪印、隠形印、内縛印…ひたすら長い印を結ばなければいけないのが面倒で難点だがまぁいい。

「おい、この世界には『リヴァイへいちょう』っていう人類最強がいるんだったな」
「?っうん…」
「そいつは最強じゃねぇ」

最後の印を結び終えパン!と手を合わせる。

「真闇滅断煉獄」

「!?きょ、巨人が…」
「あっちもだ!」
「…次々に…何だ、これ…!」

すると巨人の足下から無数の黒い手の形をした何かが身体に纏わり地面へと引き摺り込んでいく。もがこうが暴れようがお構い無し。これも昔殺した陰陽師から奪った術だがなかなかに面白い。これで相当の恩を売った筈だ。

覚えとけ。
手を合わせたままガキを見下ろす。
世界が時空が変わろうが関係ねぇ。
生きてる限り、

「俺が最強だ」


*


「大きな痛手を受けたが…被害は少ないと考えるべきだな」
「あなた達には感謝してもし切れないね」
「あぁ」
「本当に、ありがとう」

作戦成功の信煙弾が撃ち上がる。
夕陽が注ぐ広場の中では、九尾の黒狐を枕に寄り添って眠るレイと少女の姿があった。フヨフヨと尻尾が揺れ動く。

「主に変わってどういたしまして、とでも言っといてやるよ」

嗚呼、油揚げが食いたい。

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