旧調査兵団本部の古城へ馬を走らせる。
レイは辺りの景色に目をやる事もなかった。見たところで何も無いから。ただ目的地へと向かって走り続ける。
やがて見えてきた古城。
存在感はあるのに何処か、風さえ少しでも吹いたら消えていきそうな。そんな虚しさも持ち合わせているように見えた。様々な出来事を見てきただろうに。
馬から降り綱を引きながら入口を探していると、こちらに誰かが気付いたらしく慌てた様子で近付いてきた。

「レイ兵士長!?ど、どうして…お1人で来られたんですか…!?」
「…リヴァイは?」
「ご、ご案内します!」

オルオが何に慌てているのか分からないまま後ろを付いていく。錆び切った音が鳴るドアを重苦しく開くと想像していた以上に中は綺麗だった。潔癖症の同僚。ここまでなるのにどれ程の時間を要したかはあまり聞きたくない話だ。明かりが灯っていても薄暗い城内は一歩踏み出す度に足音が反響した。遠くから聞こえてくる複数の話し声が段々と大きくなってくる。

「へ、兵士長!!?」
「あれ!?レイじゃんか!」

リヴァイ班とハンジが話しをしていたが彼女の突然の登場により、ざっくり言えば部下に当たる彼等は大慌てで敬礼するも気にしないで楽にしてていいと、レイは座っているリヴァイの目の前に渡すべきものを置いた。

「エルヴィンから」
「…あぁ」

目的は達した。
それならば此処に長居する理由もない。
急に訪ねてすまなかったと一言謝罪し、誰かと目を合わせることなくこの場を後にした。

「おい」

だがすぐに後ろから声を掛けられる。
1人で夜道を帰る気かと。

「今日は此処にいろ」
「ミケが来る」
「そうか、それならいい」

ならばせめて見送りだけでもと馬が繋いである場所に2人で歩いていくが特に会話があるわけでもない。一応立体機動の確認をしてから馬に跨った。古城から見上げた夜空、星がたくさん散りばめられている。だけど自分が何故こんな所にいるのかを問い掛けられてる気がして。

「私だけ生き「レイ」

遮る様にリヴァイは手を掴んだ。
その手に彼女の手がそっと重なる。
それさえも血が通っていない気がした。

「それ以上は言うな」

人間性が削り落ちた表情。
諦めにも似た溜息と共に手を離すと遠くからミケが馬に乗りこちらに走ってきた。チラとレイを見れば互いに長年の付き合い、今起こっていたことをどことなく感じ取ったらしい。それに対し何かを言う事はなかった。

「帰るぞ」

ハンジにもよろしくとの言葉を残し走り出した2人はあっという間に見えなくなる。もう一度空を見上げると星が更に瞬いてる気がした。悲しいほどに。


*


間近で見たレイ・ローゼンハイム兵士長は思ったよりも小さかった。それよりも印象に残ったのは何も感じられない存在。いるのにいない、見てるのに見てない、エレンはそんな風に感じていた。でもあの人が…リヴァイ兵長と同じ、もしくはそれ以上に強いって言われてる…

「エルヴィン達と同期でね、私は少し後に入ったんだけどその時から有名だった」

先程の部屋に戻るとエレンだけが巨人やら何やらの話しを1人聞かされていた。聞けばオルオ達は既に割り当てられた部屋へと戻ったらしい。新兵故にまだハンジから逃げる術を知らない。哀れというか。

「…レイ兵士長って…いつも1人なんですか?」

(私だけ)

「誰ともいないから、あと感情が分からない人…っていうか」
「前はそうじゃなかった」
「前…?」
「いいの?」
「わざわざ言う必要もねぇが」

リヴァイは腕を組んだまま答えた。
言う必要もないが嗅ぎ回られても困る。その代わり話を聞いても勝手にどうしようとかは一切考えるなと念押しした。

「ウィユ・クレマンス」
「え?」
「レイの…最初で最後の補佐官だよ」

消えない傷、手招く過去。
話はあの時に遡る。

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