「姫様!お待ちください!姫様!!」

馬に跨り猛スピードで森の中を走る男の名はライナー・ブラウン。帝国内でも大きな権力を持つ由緒正しき貴族ローゼンハイム家の執事だ。そして彼が追っ掛けているのはその貴族のお姫様であるレイ。背中に銃を背負って意気揚々と走っている。
事の発端は朝食の席でのこと。

「私も行っていいでしょ?」
「ダメだ。女には危険過ぎる」
「狩猟なんて性別関係なく危険じゃない」
「ダメなものはダ「いい加減にしてよ!何でも禁止しないで!」
「待ちなさい!…まったく…誰に似たんだあの勝気は…」

我慢の限界故にとうとうカチンと来たレイは残りの朝食をかき込むと、家族の静止も右から左に城を飛び出したのだった。そして長年彼女に仕えてきた彼も主に命じられて城を飛び出し今に至るのである。
しばらくして追い付くと馬から降りて両手を伸ばし、同じ姿勢で走っていた身体を伸ばしている。その目は既に臨戦態勢、狩りの目になっていた。

「追い付くのさすがだね」
「帰りますよ!」
「何もしてないのに帰るなんて嫌よ」
「何もしなくていいですから!」

あぁそう。あなたも父様や兄様達の味方なのね。ジトーッとした視線。でもすぐに『イイ事を考えたの。何か狩って手土産にしましょう。黙らせてやるんだから』とレイは笑いながら木の幹を軽々と登っていく。ちょ、お待ちを!確か下はスカート…と言いかけハッと気付く。今俺が上を向いたら姫様のパンツが丸見えではないかと。姫様の…パンツ…いや違う!見たい訳では無い決して、決して!!だから明後日の方向を向いて叫んだ。

「レイ様!今すぐ降りてください!」
「何処に向かって話してるの?」
「丸見えです!きっと!!」
「ちゃんと下履いてるよ?ライナー?」
「ッあぁぁ本当だ!ではなくてレイ様!危険ですから!」
「暴発するとでも思ってる?」
「滅相もございません!」

太い木の枝に座り会話をしながらも着実にその手は弾の装填をしている。男兄弟しかいないレイにとって兄様達は昔からの憧れだった。私もああなりたい。だから馬術や剣術、銃術など女は本来やらなくていいのに運動神経の良さが災いした為すんなりと会得する事が出来た。周囲の反対を『女だからって馬鹿にしないで』と無理矢理に押し切って。
というよりいつの間にあんな高い所に登ったんだ!?俺も登…いや、万が一に備えて下で待機だな。距離を考えてくれてるのか少し大きめなレイ様の声が上から降ってくる。
その前に説得が全く届いていない。

「巨人でも仕留めてやりたい気分ね」
「それは伝説の生物です!帰りま「それくらい分かってるわよ、あ」
「何かありましたか?」

返事の代わりにブーツの踵で木を軽く削ったのだろう、パラパラと細かい木屑が落ちてくる。つまり今言葉を発せる状況ではないという事だ。再び上を見上げるとレイ様が猟銃を何処かへと構えていた。
獲物はこちらに気付いていない。
ゆっくりと引き金に指を掛ける。
頭ごなしにアレもダメ、コレもダメ。
そんなの納得できるわけないじゃない。

「この位置から右に少し…そう…風が止んだ時よ、出来る…」

蝶よ花よなんて御免だわ。
お姫様らしく生きる人生なんて嫌なの。
私は私がやりたいようにやる。
サワサワと木々の揺れる音が小さくなった。
あと少し。静けさが戻ってくる。
コマ送りに流れる空間が止まった。

「今!!」

銃声が森の中に響く。
だが硝煙がゆらゆらと出ている銃を下ろすと小さく溜息をついた。レイの撃った弾も獲物に当たりはしたが、急所を撃ち抜いたのはライナーだった。

「撃つ前の深呼吸をお忘れですよ」
「…やっぱり分かってたのね」

適わないな。悔しいけどそれもそうか、私に狩猟を教えてくれたのは彼だから。銃を肩に掛け直すと枝の上に立ち上がった。

「まさか飛び降りる気ですか!?」
「そのまさか、でもこの高さ何て事無いわ」
「姫様!!」
「っと。大丈夫だったでしょ?」

数秒後にはライナーがしっかりとキャッチ。
それなりのを仕留められたわね。これならみんな狩猟には行くな!なんてもう言えない筈よ。その後の獲物の処理すらご自身でやろうとしたので慌てて止めた。

「お待たせしました。さぁ、帰りましょう」
「ライナー」
「どうされました?」

あなたはいつも私の味方。
過保護な所があるけれど小さい時から様々な事を教えてくれて。時に一緒に笑って時には本気で怒ってくれて。執事じゃない、私の大切な家族。

「いつもありがとう」
「レイ様…」
「帰ったら一緒にお茶しましょ?」
「はい!喜んで」
「ふふっ、ライナー大好き!」
「!!!」

すると城までどっちが先に着けるか競争しようとレイは近くに繋いでいた馬に跨り駆け出す。それを追い掛ける彼の顔は感動一色に染まっていた。脳内で先程の言葉が何度も繰り返される。大好き…姫様が…俺の事を大好き、だと…ッ!!

「結婚しよ」

もちろんその言葉がかなり前方を走っているお姫様に聞こえる筈もなかった。



「姫様!一生付いていきます!!」

- ナノ -