「前回の壁外調査だがよくやってくれた、感謝している」

団長室。
それを皮切りに続くエルヴィンの言葉にレイは何か動作を起こす事なく一点を見つめたまま話を聞いている。ハンジの冗談、それに対するリヴァイの咎め、ミケの溜息。それすらも一切響いてこない状態を例えるならば霧に手を押す様な感覚。

「この件に関しては以上だ。もう1つは先になるが誘いがあった」

権力と金を持つ貴族が主催するパーティーは定期的に開かれており、調査兵団の幹部達は毎回出席している。各々思う事はあれど援助金を出してもらっている以上断れない。

「また豚共の相手か」
「美味しいモノ食べれるしいいじゃん!」
「レイ」

生気が殆ど感じられない瞳がゆっくりと動く。綺麗なその色は翳っていた。

「行けるか?」

頷きを返事として。
そしてレイはまた戻るのだ。
誰も立ち入る事の出来ない場所へと。
それからは104期生の話になった。今期は果たして何人が生き残れるのか。別に冗談を言ってるつもりは無い。実際死ぬか生きるかの環境にいるんだから。

「個性的なメンツ多そうだから退屈しないで済みそうだよ」
「配属先は?」
「何分人手不足だからな、状況によって変えていこうと思っている」

リヴァイにはオルオ達、ミケにはナナバ、ハンジにはモブリットといった補佐官がいるがレイにはいない。頑なに拒んでいる。

「そろそろ戻る」
「来てくれてありがとう、お疲れ様」

壁外調査以外では結ばない髪がこちらに背を向けた時に靡く。出ていくのを見送るとエルヴィンは深く息を吐いた。心配しているのはみんな同じ。

「いつか…また見れるかな、笑った顔」


*


ノックをすると入っての声。
中に入ればレイは下着にシャツを羽織り、壁を背にしてベッドの上に座っていた。開け放たれた窓、吹き込んでくるゆるやかで生暖かい風、無造作に曝け出された生肌が夜の光に照らされている。

「風邪を引くぞ」

子供じゃないんだから大丈夫という声を聞きながらミケはベッドに腰掛けた。真っ暗なのに青白い部屋。まるでレイの心を映し出しているようだ。こちらに伸ばされた手のひらを疑うことなく握る。いつからこの風に当たっていたのか冷たい。

「寒いだろ」
「寒いって言ったら?」
「それは誘ってるのか?」

耳元に言葉を吹き掛けた。
誘ってる、と。
ミケと向かい合わせに座るように跨る。触れた素肌は手のひらよりも冷たかった。どちらからでもなく一つ目のキス。シャツを脱がしながら二つ目のキス。身体を撫で抱き締めながら三つ目のキスは舌と舌で。噎せる程甘ったるいのに熱くてトロリとした唾液が交わっていく。そのままレイを押し倒すとベッドのスプリングが軋んだ。ゆるりと回された腕にジャケットを引かれる。間違いなく脱いでという意味だろう。

「レイ」
「気持ち良くして」
「そうだな」
「好き?」
「あぁ」
「ミケ」

喜怒哀楽、どれにも当て嵌らない眼球。
息と息がぶつかる程近くにいるのにとてつもない距離を感じた。


*


部屋に入るとレイは裸のまま薄い布団を掛けられ寝ていた。その姿を見守る様にしてミケはベッドに座っており、視線だけで挨拶を済ますとリヴァイは向かいの椅子に座りグラスを彼に差し出した。真紅のワインが注がれている。礼を述べてから一口飲むとじんわりと果実の風味が広がっていった。

「もうどれくらいだ」
「かなり経つ」
「…」
「下手したら一生このままだな」

レイはまだあの日にいる。
何もかもが変わるきっかけになった日に。
決別しろとは言わない。ただ思う、悲しみのあまり自ら命を絶つことだけはしないで欲しいと。それだけ保証してくれるならあとは俺達がお前を守ると、そう言いたかった。

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