「クソメガネは何処でもクソメガネだった」
「外へ行くのはまた今度だね」

外から、それも違う世界の客人というのもあって調査兵団では日夜話題になっている。団長室でエルヴィンと話していた所に「教えて教えて!」と今日も怒涛の勢いで質問をしに来たハンジ。レイが嫌がることなく律儀に答えていた為に刻々と時間は過ぎ夜になっていたが、部屋に戻った足はドアの前で止まる。

「?部屋は此処の筈だけど…」
「気配がするな、誰かいる」

注意を払いながらそっとドアノブを回す。キィ…という乾いた金属音と共に中へ入ると案の定誰かはいたものの誰かはベッドで寝ていた。レイと彼女の肩に乗ったリヴァイは『誰か』を覗き込む。正体は調査兵団分隊長ミケ・ザカリアスだった。身体を横向きにしてうずくまって寝ている。窮屈そうに。ぴょんと肩からベッドに飛び降りたリヴァイは寝顔の真ん前まで近寄り観察。

「…笑えるくらいにミケと瓜二つだな。そもそもどうして此処にいんだ」
「しー…静かに」
「叩き出す」
「寝てるんですから」
「そのせいでレイが寝れなくなるだろ」
「私はまだ眠くないから平気」
「…チッ」

だから寝かせてあげましょう?
レイはベッドのふちに座り俺を抱き上げ膝の上に乗せた。ゆっくりとした手付きで撫でられる気持ち良さからゴロゴロと喉が鳴る。狐の時はこれが至福の時間。まぁ後ろで寝てるコイツがいなきゃもっと至福なんだが。

「ふふっ、猫みたい」
「気分いいから鳴っちまう」
「それなら良かっ、!」

すると腕が回されたレイの身体がベッドに倒された。犯人は一目瞭然、けれど当の本人は寝惚けているのか変わらず寝息を立ててレイを抱き締めている。ふざけんな。向かい合わせで。ふざけんな。俺は2人の間に挟まっていて身動きが取れねぇ。

「クソガキが…!起きろ腕離せ!」

タシタシと何とか動く前足で叩いたのが効いたのか目の前の人物がぼんやりと目を覚ました。
うっすら開かれた瞳は青い。レイをジッと見つめた後に自分達の間にいる黒狐を見る。が、未だ眠りの世界に半分以上入っているのか不思議そうに瞬きをしていた。

「ミケ…さん?」
「ん…」
「起こしてしまってごめんなさい」
「いや…いい…」
「部屋、隣ですよね?」
「…あぁ」

道理でベッドが小さいと思った。余りの眠気に部屋を間違えた事にも気付かないまますやすやと寝てしまったわけだ。ミケは寝ぼけ眼のままレイを更に抱き寄せ首筋のにおいをすんすんと嗅ぎ始める。金の前髪が当たってくすぐったい。

「…お前は…いいにおいがする…」
「ふふっ、ありがとうございます。んっ」
「…甘い…」
「味が…するんですか?」
「する…」

だけならまだしもカプリと首筋を軽く1口。痛くはないがくすぐったさは増すわけでレイから小さな声が漏れた。
怒らせるのに十分な行為。
誰が俺の主に触って良いと言った?
誰が、俺の、レイに、触って、良いと、言った?

「殺す」
「リヴァイ」
「堪忍袋の緒が切れた」

おどろおどろしい妖気が部屋中に立ち込めていくもそれに対して何も反応せず、ミケはただすんすんとにおいを嗅ぎはむはむと甘噛みしている。さて何で殺すか…そういや昔殺した陰陽師から奪った術があったな、一瞬で対象を八つ裂きに出来る便利な術が。使うにはもってこいの日だ。しかし変な事をしてきたわけじゃないんだからと嗜められる。

「現在進行形でしてんだろうが」
「寝惚けてるだけなのに?」
「お前を抱いていいのは俺だけだ」
「何か…違うような…」
「レイ?」
「ミケさん…すごくあったかいから」

眠くなってきちゃった。そう言う俺も殺す殺す意気込んではいるがこのあたたかさには実の所やられていた。コイツの体温は高い。だから自然と眠気が来る。その間にも抱き締める腕が緩む事はなく…どうやら抱き心地がいいらしい。確かに最高だろうな。俺からしたら違う意味での抱き心地だが。

「…レイ…」
「名前、覚えててくれたんですね」
「ん…」
「…眠ぃ」
「じゃあ…みんなで寝ましょう…?」

コクリと頷く。おやすみなさいの言葉に僅かに目を開けば既に寝息を立てており黒狐も自分に引っ付いたまま寝ていた。彼女の頭を撫でるとサラサラと髪が指を通り抜ける。黒狐のことも撫でてみたら尻尾が少し動いた。ダメだ、もう何かを考えたり言葉を発したりする力もない。明日起きたら部屋を間違えてすまなかったと謝罪しよう。

「…おやすみ…」

いいにおいがする。
今夜はきっと、安眠だ。

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