時間が経つにつれて色が変わる窓の外。
こんなにも変わるとは不思議だった。
先生が帰ってからはこっそりと、兵舎の秘密の場所で壁に寄り掛かりずっと景色を見ている。今日はあたたかいけれど着ていなさいと言われた上着も脱いで。陽が傾いたからかほんの少しだけ冷たい風が肌に当たる。

「お前の父親になる男は」

ここは空だけが見える。
ここは壁のない世界を体験できる。
ここは自由を感じる事ができる。
腹を撫でながらもう片方の手を伸ばす。

「とても強いんだ」

すん、と鼻を鳴らせば頬に流れて張り付いた涙の感触。すっかり乾いた筈なのにまだ流れ落ちていない様だった。滲む視界。此処に座ってからどれくらい経った?声が聞きたい。温もりを感じたいのに。

「なのに帰ってこない」
「…何が帰ってくるだ」
「何が人類最強だ」
「呆気なく殺られたのか」
「大切な人がいるヤツは何よりも強いんじゃなかったのか…っ」

「ぶつくさ何言ってんだ」
「…リヴァイ?」

聞きたい声が聞こえる。
これは…幻か?幻ではなかった。
呆れた顔でリヴァイがこちらを見ている。
俺はその時どうしただろう、溢れる涙もそのままに立ち上がり走って抱き着いた。リヴァイのにおいがする。

「…みんなは…?」
「走んな、もうお前1人の身体じゃねぇぞ。アイツ等も無事だ」
「っ…会いたかった、生きて帰ってきた…」
「必ず帰るって約束したろ」
「俺は、お前が…っ」

目を真っ赤にしてガキみたいに泣くミケの目尻を親指で拭い取り、俺が着ていたジャケットを肩に掛ける。それでも涙は止まらない。そうか、待つ側はこんなにも。こんなにも寂しいものなんだな。だから今出来る限りのこと、両腕に抱き締めてやることしか出来ないが。

「ただいま」

不思議と俺の中にも確かにあった不安が消えていく気がした。会えて嬉しいのは何もお前だけじゃないと伝えたかった。


*


「薄着、勝手に出歩く。何度言えば分かる」
「…帰って早々説教か」
「どう考えても説教モンだな」
「気を付ける」
「それ何度目だ」
「いひゃい」

むにっ、と頬を摘む。案の定よく伸びる。
2、3回軽く引っ張ってから離すとミケの腹をまじまじと眺めた。あの中に俺とコイツのガキがいる。元男と男のガキが。座るミケの目の前まで近付きしゃがんだ。

「ガキは」
「よく動く」
「分かんのか?」
「ここの辺り」

手を握られ腹に誘導される。
張った様な変な手触り。すぐに添えた手がぐにゃりと押し返され反射的にミケを見てしまった。こっちは驚いたってのに何笑ってんだ。

「!おい、動いたぞ」
「だから動くと言った」
「ガキが動いた」
「生きてるから当たり前だ」
「何だコイツは…」

ぐにぐにと何回も動いては押してくる。勢い余って腹を蹴破って今すぐ出てきやしないだろうな。ミケは呑気に笑っているから平気なんだろうが…少しだけ気が気でなかった。

「面白い反応」
「何分初めての経験なんでな」
「俺もそうだ」
「怖いか?」
「怖い…が、楽しみの方が少しづつ増えてきた。リヴァイは?」

俺が父親になる。
実感があるようでないような。けれども楽しみと感じているのは事実だ。それより思っているのはもっと漠然なことかもしれない。

「コイツが元気に産まれてその時にお前も元気なら何でもいい」
「だそうだ」
「結婚してガキでも作るかって話が現実になったな」
「本にしたら後世にまで残るぞ、たぶん」

結局のところガキの動きが気になって触ったり話し掛けたりしている俺がいる。そしてふと思った。男でも女でも、このクソ狭い世界にも幸せがあるんだと教えてやりたい。そうしていつか両手では収まりきらない程の自由を掴ませてやりたい。
そうだ。その前に大事なことを。

「結婚してくれ」
「結婚?誰と誰が?」
「俺とお前に決まってんだろ」
「そ…そうだな」
「返事は?」
「お願い、しま…す?」
「そこで疑問なのかよ」

俺はまた泣いていた。何かと喰ってかかってくるお前も好きだったが、涙脆いお前も悪くねぇな。明日目腫れても知らねぇぞ。
リヴァイは小さく笑っていた。


その健やかなる時も。病める時も。
喜びの時も、悲しみの時も。
富める時も、貧しい時も。
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?

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