時は平安時代。久遠の都。
自然溢れるこの地は雅な雰囲気を感じさせながらも人々の活気と笑顔で賑わっている。その人物は肩に小さな白狐を乗せ、寝殿造りの渡殿から景色を眺めていた。目を閉じれば自然の声が聞こえてきそうだ。

「毎日見て飽きんの」
「毎日自然は変わりますから。桜がもう少しで咲きそうですよ」

小さな舌で自分の頬を舐めてきた白狐の頭を優しく撫でる。彼は人語を理解し話せるので別段珍しい光景ではなかった。

「やぁ、お邪魔してるよ」

久遠の都きっての陰陽師、それが柳生比呂士だった。
振り返り同士であり友人の幸村精市に笑いかける。

「こんにちは幸村くん」
「そうだ。鵺討伐の件、中務省以外でも話題になってるよ」
「鵺なんざ雑魚じゃけぇ話にもならん」
「君はそう言うけど人間からしたら凄い事なんだから」

すると幸村は思い出した様に真田と蓮二も来たからと告げる。この2人も同じく陰陽師で柳生とは長い付き合いだった。こうして4人でたまに茶会をするのだ。じゃあ俺達はいつもの部屋で待ってるね。それだけを言い残し幸村は足早に去っていった。

「はー...相変わらずじゃ」
「それが彼の良い所です。油揚げもあれば良いですね」
「なかったらどうしてやろうかのう」
「物騒なことはやめてくださ、...?」

何気なく通り過ぎた、書物ばかりが置かれている部屋へと戻り指を差す。そこには自分の背丈以上ある真っ白な屏風が1隻置かれていた。不思議に思いながらも中へと入っていく。白狐も気になるのか肩から身を乗り出してその屏風を眺めていた。触っても特に何も無い。

「屏、風?」
「屏風」
「置いた記憶がありません...何方かが?」
「こんな場所にか?」

こんな場所。部屋のど真ん中。仮に誰かが置いたのだとしたら感性所か常識を疑う。

「となると一体これは...」
「妖力も何も感じられん、放っておいても問題なか、とりあえず幸村達の所に戻るぜよ」
「...そうしましょうか」

屏風から手を離し戻ろうとした瞬間、そこは今までいた場所ではなかった。

「...え?」

四方八方が木。森だった。
森は久遠にもあるが...感覚で分かる。この森には来たことがない。見たこともない。肩に乗る白狐はやれやれと呆れた様にその小さな首を横に振った。

「はてさて、次は何じゃ」
「...どういう...事でしょう」
「少なくとも此処は久遠じゃない」

すぐに柳生は人差し指と中指で取り出した呪符を挟み顔の前に構え術を唱える。誰かが自分達にかけた呪術なら呪詛返しで元の世界に戻ることが出来る。しかし詠唱をしても呪符が消えることは無かった。

「...人工的な力は働いてないみたいですね」
「こうなった理屈がまるで分からんが...ただ突っ立ってても無意味じゃな」
「人を探して此処が何処なのか話を聞きましょうか。希望は...薄そうですが」
「乗るか?」
「ありがとうございます、まだ大丈夫ですよ」

1人と1匹は警戒心を解くことなく森の中を進んでいく。時折柳生の頬や首を舐めたり甘噛みしてる白狐。それにしても進めど進めど緑一色、だいぶ歩いたとは思うが景色に変化は見られない。果たして開けた場所には出れるのだろうか。

「...待って下さい」

突然柳生の歩みが止まる。
それと同時に鳥が一斉に羽ばたいた。

「…」

この森には何かいる。
なら足音が聞こえたでしょう?
足音?本当だ、大きな足音。
後ろから大きな足音。
そう、それは振り返った先にいた。

大きな人間。
40尺はあるか?
顔付きは男性に見える。
それでいて衣服も何も身に付けず裸体、けれど生殖器等は見当たらない。
驚いたことはそれが1つ、もう1つはその生物が口に咥えていたのは紛れも無く人間。血塗れのその身体にもはや息は通っていなかった。声らしき音が聞こえるが何を話しているかは不明だ。

「っ…!?酒顛童子…?じゃない…何、これ…」
「妖力自体感じねぇ。それに話が通じる奴でもなさそうだ、!」

一瞬の眩しい光と、何かと何かがぶつかる音。反射的に伏せた顔を上げると目の前にレイを庇う様に立つ九つの尾を持った黒狐がいた。

「テメェ…いきなり腕振り下ろすなんざ驚いたじゃねぇか。まぁ障壁にヒビ入れたのは褒めてやる」
「!リヴァイ」
「一旦距離取るぞ」

肩乗りから馬程の大きさになったリヴァイの背中に乗ると一気に走り出す。が、それも狙いを定めたのか2人目掛けて走り出した。

「あんな大きな妖怪見たことない…」
「だが幸いこちらの妖力は通るみたいだな。何にせよ殺らない限り落ち着いて人探し出来ねぇ」
「そうですね、やれるだけの事をしましょう」

さぁさぁ皆様お立ち会い。
1人は陰陽師、1匹は黒狐。
知らない世界に知らない出会い。
何が起こるかお楽しみ。
不思議な奇譚、どうぞご覧あれ。

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