沈黙が支配するこの空間でゆっくりと差し出された両手に優しく手渡した。己の部下が、最期の最期まで気にかけていた女性に。其れは血が至る所に滲んでボロボロになった調査兵団のマント。無言で手に取った彼女の顔もはや言葉などでは表せない表情だった。いや、表情なんてものはもう俺が来た瞬間から消え去っていたのかもしれない。

「渡してくれと頼まれた」

言い終わるか終わらないかの瞬間、生気のない目と己の目がカチリと合う。
例えるならば、それは人形。
中身のない空の胴体に人間の生の部分をただ張り付けた人形に見えた。
だから今の言葉も聞こえてなんかいないのだろう。偶然にも目が合っただけ。けれど、伝えなければいけない事がある。

兵長、1つ頼み事をいいですか?
もし俺が死んだら渡してください。
あなたの元へ帰ることができず、
約束を果たせず、申し訳ないと
恨みたいだけ恨み、
泣きたいだけ泣いてくれと

(そして、必ず伝えてください)
「これからもずっと、お前だけを愛してると」

ゆらゆらと歪んでいる目から。
視線を落としたままの目から涙が零れ落ちてきた。一つ、また二つ。
見守ることしかできなかった。
泣きじゃくる一人の人間。
涙がマントを染めていく。
彼女は今、どれほどの悲しみと絶望をその全てに抱えているのだろう。
どれほど部下を愛していたのだろう。

「…お見苦しい所をすみません。リヴァイ兵長…ですね」
「あぁ。名前を聞いてもいいか?」
「レイといいます」

一頻り泣いた後には生気が宿っていた。
目も、手も、髪も、身体も。

「ありがとうございます」

礼を言われるのは間違っている。
部下は、殺されたも同然だ。
(俺に)

「俺は…何もしてない。守ってやれなかった。それに約束も。俺が殺したようなものだ」
「…えぇ、最初は私もどうしていいか分からなかった。死んでしまいましたから。でも彼は、」

美しく微笑み、綺麗に泣きながら。
レイは其の両手の中にある『彼』を大切に、愛おしそうに抱き締めた。

「エルドはちゃんと帰ってきました。あなたがそれを叶えてくれた」

いつか部下が言っていた。
俺は、大切な人が死んでも
自分の側にいてくれたらと願います。
たとえ、どんな形であっても
それが「形見」という
概念を生むんだと思います。

「おかえり、エルド」

これが、人間の情なんですね。


それでも貴方は帰ってきた

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