(右に1体…左に2体)

血が噴き出しマントにかかる。
蒸発していこうと汚いものは汚い。
アンカーを収めて着地するとタイミング良く部下が後ろに降り立った。

「兵長!増援を集めてきました!」
「エルド、残りの兵と共に右を支援しろ。俺は左をやる」
「了解!」

1体、10m級はあるが苦戦する事はないだろう。再びアンカーを壁に刺し巨人の近くに降り立つ。のそのそとこちら目掛けて歩いてくる辺りが何とも腹正しい。

「…揃いも揃ってふざけたツラしやがって」

その後は一瞬だった。
1体の項を目にも止まらぬ速さで仕留めると、壁を蹴り2体目の巨人の目へブレードの刃を突き刺す。痛みで叫ぶその頭に着地。そんなに痛ぇのか。俺にはよく分からない。

「大人しくしてろ。そうしないと、お前の肉を綺麗に削げねぇだろうが」

そして飛び上がり項へと一直線。
歪んだ死に顔に興味はない。此処に辿り着くまでにそれなりの数を削いできたからそろそろガスを補充しなければならない。そんな事を考えていると馬が2頭近付いてきた。白い毛並み、団長であるエルヴィンが乗っている。

「さすがだ」
「向こうも終わったみたいだな」
「リヴァイ、俺の前でなら言っても構わないぞ」

ミケのことが心配だと。

「…言うよりも先にやる事終わらせた方が早いだろ」
「一理ある。目標地点まであと少しだが行けるか?」
「問題ない」
「分かった。では指示した通りに進め」
「了解だ」

馬に跨り軽く腹を蹴る。
人の足には及ばない速さで進んでいく先に巨人がいるのかは行ってみないと分からない。
どれだけ戦ったとしても、それでもお前の元に帰ってくると俺は必ず約束する。

「行くぞ」


*


服を着てても分かるくらいにすっかり大きくなった自分の腹をさする。妊娠してるとの報告を受けてから俺は立体機動の使用を止められ負担がかからない仕事をしていた。あとは身体を冷やさないようにとか、それでいて適度な運動だとか。生活サイクルがあの日からガラリと変わった。そして人間の『慣れ』には今でも心底驚かされている。少しずつ『母親』の精神が芽生えてきたのだから。元男が妊娠した時について、なる文献を出したら後世まで語り継がれるかもしれない。

「帰って…くるのか分からない」

だが1つだけ。俺はもう壁外調査に行く事が出来ない。生まれて初めて見送られる側から見送る側になったのだ。気を付けてしか言えなかった。本当にありきたりな言葉しか。

「手が、こんなに震える…」

待つのがこんなに怖いなんて初めて知った。
リヴァイは強い。それは誰もが知ってる。そうじゃない、単に怖い。死なないで、帰ってきて。スンと鳴らした鼻の奥が少し痛かった。

「普段は…好きだとか恥ずかしくてあまり言わない。でも言えば良かった、もっと」
「帰ってきてからいくらでも言える。そうだ、あなたには伝えてなかったけどね?」

先生は俺の腹を撫でながら笑っていた。
リヴァイ兵長に言われたの、いない間あなたを頼むって。すぐに薄着してフラフラするヤツだから何かあったら遠慮なく叱ってくれ。あとガキはもう腹の中で動いたりしてるのか?って。

「最後に必ず帰ってくるって言ってた。大丈夫」
「そんなの…絶対じゃない」
「絶対よ。言い切れるもの。今のリヴァイ兵長は誰よりも強い」
「…本当に?」
「あなたが信じてあげなくちゃ」

愛する存在がいる人はとっても強いんだから。

「それに明るい気持ちでいなきゃね。この子も心配しちゃうから」
「!あ、」

この子…無意識に手で腹を撫でる。
このすぐ向こう側にいるのか。
その時、何かに押し返された気がした。
ぐにゃりとした不思議な感覚。

「今…動いた…?」
「ん?…あら!こんなに動いて元気な子。ますます楽しみね」
「先生」
「どうしたの?」
「リヴァイが帰ってきたら、喜ぶ?」
「当たり前、みんな喜ぶわ。団長も分隊長だって」

さすると応えるかの様に腹を押し返してきた。もうすぐ会えるのが嘘みたいだ。だって俺は男だったんだから。とりあえず今は秘密にしておくが。

「…早く…会いたいな」

小さなその呟きは温かな陽射しの中へと消えていった。

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