後ろに引かれる様な怠さ。
重く何かがのしかかる感覚。
常に周囲に気を張るという事。何度もやり慣れている筈なのに体調不良というだけで、今日はそれがとても億劫に感じた。馬が地面を蹴る度に伝わる振動が不快というか何というか。しかし壁外調査に出れば一転、そんな事も呑気に言ってられないな。
手綱を握り気を引き締め直す。
赤い信煙弾が見えたが辺りにその様なにおいはしない。

「かなり…遠くか」

同じく赤い信煙弾を撃ち馬を走らせる。
広い草原とは打って変わって集落とも呼べないくらいだが、ポツリポツリと廃墟と化した建物が増えてきた。だがそこに間違いなく人が住んでいたわけでどうにも複雑な気持ちになる。

ん?

「!!」

突然現れこちらを振り払ってきた巨人に馬ごと吹き飛ばされた。馬から振り落とされ身体が浮き、地面と皮膚の擦れる音が嫌に耳に響く。
それらがやけに遅く感じられた。

何故?どうして気付かなかった?

だって、こんな近くにいたのに。

「っ…!」

そうだ、何故だどうだの1人議論してる余裕はない。抜き出したブレードを支えに立ち上がり、アンカーを発射させ建物に飛び上がった。その瞬間今まで自分のいた場所が巨人の手のひらに寄って叩き潰される。ジャケットが摩擦で擦り切れて血が出ているもののこの前に比べたら怪我と呼ぶ程のモノでもない。スンと鼻を鳴らす。やっと分かる嫌いなにおい。10m級といったところか。

「…チッ…」

おかげで馬はどこかへ逃げてしまった。ジャケットも新調しなければ。そりゃ自然と舌打ちもしたくなる。奇行種ではないにしろ今の俺には逃げる術がない以上討伐するしかない。その間にも巨人はこちらへとやって来る。
右足2回、左足1回。
腹癒せに切先を向けてやった。

「俺は体調が良くないんだ」

「だから一瞬で終わらせる」

「良かったな、痛くないぞ」

巨人の腕が振り下ろされた瞬間、彼女は風になった。


*


誰だろう。誰かが笑っている。
屈託のない笑み。
子供?大人?分からない。
ただ、とても幸せそうだ。
これは夢?現実?
スンと鼻を鳴らしてみても何もない。じゃあ夢になるのか?でも不思議とあたたかさが伝わってきて…じゃあ現実なのか?
すると笑っている誰かがこちらへ手を振ってきた。顔はボヤけていて見えない筈なのに、俺は手を振り返した。
そして、

「…」
「起きたか」
「…リヴァイ?」
「あぁ」
「俺の…部屋…?」
「そうだ」

壁外調査から帰ってきたら怪我そっちのけで気持ちが悪いだ怠いだ眠いだ言って、フラフラ1人部屋行ったかと思いきやすぐ寝ちまった。覚えてるか?すまん覚えてない。腕は既に処置が施されていて、新しいジャケットは明日にでも支給されるそうだ。報告やら何やらはしておいてくれたらしい。極たまに優しい所があるんだ、リヴァイは。手のひらが額に当てられる。

「…高くはねぇが若干あるな」
「ここ最近ずっとだ」
「明日医者が来るから診てもらえ」
「そこまでじゃない」
「団長命令だぞ」
「寝れば治る」
「ミケ」

お前のこと一番心配してるのは誰か、言わなくても分かるよな?

「…」
「診てもらうだけだ」
「…わかった」
「そうと決まれば寝れるうちに寝とけ。またぶっ倒れるぞ」

手探りで見つけたリヴァイの手を握る。
握り返してくれたのが嬉しかった。

「…夢を見た」
「ほう」
「レイって名前、知ってるか?」
「知らねぇ」
「俺も知らない」
「夢ってそんなもんだろ」
「そうだな」

心のどこかで顔も姿も知らぬレイという存在にまた会えたらいいなと思った。

それまでは、おやすみ。

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