明かりの消えた店内を通り階段を上がる。一段、二段、カンカンと軽い金属音が今は大きく聞こえた。ネームプレートも何も無いドアを開けると電気は消えていたが、部屋の中は月明かりで青白く明るい。

いつもと違うのは外套を羽織り狐の面で顔を隠していること。自分が持っているものと全く同じ銃を面白半分にこちらに向けていること。

「来ると思ったから鍵、開けといた」
「あぁ」
「この格好で会うのは?調査兵団以来か」
「そうだな」
「用件は?」
「聞きたいことがある」
「それだけ?」
「お前を殺しに来た」

リヴァイはホルスターから銃を抜く。
その仕草を見ていたレイはやめたやめたと向けている銃を下ろした。これって使いこなすには相当の技量がいるんでしょ?お守り代わりとして貰った1つだけど俺じゃ到底無理だ。

「そう」

窓に寄り掛かるイーターの表情は面で見えない。ただ静けさの中に息を長く吐く音はしっかりと聞こえた。溜め息なのか呆れなのかは分からないが。お前がどこまで知ってるかは知らないけど、と前置きしてレイは口を開く。

「両親が調査兵団研究所の所長と副所長だった」

元々優しかったと思う。でも正義だ何だを突き詰めていくうちにおかしくなったんだろうね。それなら自分達でイーターを作って研究すれば更なる成果が生まれるはずだって。それで俺が被験者として選ばれて…良いのか悪いのか実験は成功した。もう親でも何でもなかった。殺したのは俺がイーターになってからすぐ。面白いくらいに2人の首が腕が足が簡単にもげてさ、本能が働くままに食べてみたらすごく美味しくてね。

「その時に初めてアリソンに会った」

肉片と血が一面に飛び散る部屋。赤く光る目。それでも俺を抱き締めてくれた。
(!ローゼンハイム…所長…)
(父さんと母さん、動かなくなっちゃった)
(…レイ、あなたは…あなたは何も悪くないの。大丈夫、私があなたを守る)

「成功者0と結果を捏造したのと、両親も実験中の不慮の事故で死んだ事にしたから俺は引き取られ──」

手にしていた銃が弾かれ飛んでいく。
その際掠ったのか左手から赤黒い血がポタポタと落ちた。

「どうして殺した」
「え?殺した?アハハ!アハハハハ!それを聞く?違うでしょ」

直後に床に後頭部がぶつかる音。痛みはない。一瞬で間合いを詰めレイはリヴァイを押し倒し馬乗りになる。狐の面は笑っているのか少しくぐもった声が向こう側から聞こえる。

「お前がアリソンを殺したんだろ?」

後悔するって分かってたならどうして一緒に行動しなかった?
俺に辿り着くまでにいったいお前は何人の人を見殺してきた?
いくつの助けてを見放してきた?
俺の仲間を何人殺してきた?
どれ程の時間を犠牲にしてきた?

「…」
「こうなったのは全部お前のせい。お前が弱くて覚悟が足りなく選択を間違えたから。守るべきものを守れずに殺すべきものを殺せなかった」
「そう思うなら」
「なに?反論?」
「どうして泣いてる」

リヴァイは仰向けのまま面に手をかける。
現れたその頬に赤黒い血が伝って重力に逆らった前髪がサラリと顔に当たった。

「……」
「…」
「殺す直前…言われた」
「なんて言われたと思う?」
「あなた達は自慢の子供」
「ずっと大好きよって」
「リヴァイ、どうしよう」


俺は、とんでもない事をしてしまった。


先程の覇気などどこにもない。
もうその姿は俺が知っているレイだった。
昔1度だけ泣いていたのを柄にもなく慰めようとしたら、大丈夫だよと物凄い速さで部屋に逃げていったことがある。
手に付く血の涙。
そうか、だから逃げたのか。
今になって分かった。

「!ッ…ァ…」
「それでもアリソンは、お前は悪くないって言うんだろうな」
「ア゛、アァ…ァ゛…!」
「レイ、」

レイの身体がガクンと震え首が仰け反る。
次に目が合ったその瞳の色は血の様な、赤だった。

- ナノ -