【忘却の物語主人公】


「お姉ちゃん」
「なに?」
「ちゃんと焼けてるかな?」
「もちろん!昼に配ってきたお菓子だって上手に出来たんだもの」

2月14日
ウォール・シーナのとあるカフェ。
そこに1人で来たレイは手や頬にチョコが付いていてもお構いなしに奮闘していた。

事の発端は知らない単語に出会ったこと、それがバレンタインデーだった。
聞いてみれば大切な人にチョコを渡す日なんだよとハンジとナナバに教えてもらい、早速レイは当て嵌まる人物を思い浮かべたが次から次へと出てくる。たくさんいる時はどうしたらいいんだろう。

「でも私達よりもお姉さんの方が詳しいかな」
「お店の?」
「そうそう!バレンタインになると美味しいチョコのお菓子作ってくれるしね」
「なるほど…」

その後のレイの行動は速かった。エルヴィンにウォール・シーナに行けるよう頼み込み、お姉さんに詳細を聞かせて欲しいと頼み込み…しかし思ったよりも事はすんなりと進んだ。お姉さんから『一緒に調査兵団の皆さんにチョコを作ろう』と提案してくれたのだ。

幼いながらも初めての料理にどうなるかと思ったレイだったが、優しいお姉さんのお陰で当日に作り当日みんなに配るという弾丸予定は無事に事なきを得た。

「レイちゃんお帰りなさい」
「ただいま」
「どうだった?」
「みんな喜んでくれた。あのね?」
「うん?」
「お姉ちゃんに、もう1つ頼みたいことがあるの」


*


コレか?レイがくれた。手作りらしいぞ。頭はバカでもやる事は女だな。悪口じゃねぇ褒めてんだ。とりあえずクソメガネ達がはしゃいでうるせぇから黙らせて…なに、貰ってないだと?てっきりテメェが一番乗りで貰ってると思っ…落ち着けエルヴィン。…そうだ、あれだ、ガキなりの諸事情があったんだろ。そうだそれだ。っと、そういやそのレイからウォール・シーナのカフェに来いって伝言預かってる。そんなクソみてぇな顔する暇あったらさっさと行ってやれ。

「何かしてしまったんだろうか…」

自分だけ貰っていない。
その事実はエルヴィンに結構なダメージを与えていた。心なしかカフェに着くまでの足取りもトボトボといった表現が似合っていたような気がする。夕陽を背にドアに手をかけた。

「エルヴィン!」
「あ、あぁ…迎えに来たよ」
「座って?」
「?」

椅子を引かれる。言われるがままに座ればレイは目の前に紅茶とケーキを置いた。ふんわりと甘い香りがする。ポカンとしているエルヴィンに助け舟を出したのはお姉さんだった。

「団長さんには特別に作りたいって、だからサプライズです。レイちゃん頑張ったんですよ」
「…サプライズ…」
「フォンダンショコラ、めしあがれ」

驚きを隠せないまま1口。
トロリとチョコが溶けて美味しすぎる。
ふと目が合ったレイは不安そうな顔をしていたので優しく頭を撫でた。また目頭が。

「…おいしい?」
「とっても美味しいよ、ありがとう」
「よかったぁ…!」
「ふふ、喜んで頂けて私も嬉しいです。今日は貸切なのでお2人でごゆっくりどうぞ」
「ありがとうお姉ちゃん」
「どういたしまして」

エルヴィンもお姉さんに礼を言うとレイは向かいに座った。にこにこと笑って、やはり私の娘は可愛い。

「しかし美味しい…また作って欲しいな」
「うん!あのねエルヴィン」
「どうした?」
「なんでもない」
「おや」
「ふふっ、あのねエルヴィン」
「なんだい?」
「だいすき!」



本当にありがとう、私は世界で一番幸せものだね。

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