「今日はどうだった?」
「楽しかった」

ハンジお爺ちゃんが迎えに来た車の後部座席に座っているのはローゼンハイム家次女、ミカサ・ローゼンハイム。弓道の天才小学生でその腕は『那須与一の再来』とまでいわれており、毎日放課後に弓道の名手ライナー先生の元で鍛錬を積んでいる。

「でも先生から聞いたよ?今日どうして自分の的だけ人体模型にしちゃったの?
「心臓と眉間をしっかり射抜けるように練習するため」
「あ!エレンでしょ」
「うん」
「こらこら、物騒な事しないの」
「ならお爺ちゃんがやって」
「えー?若い男の子には勝てないよ」
「勝てる、昨日お父さん達倒してるの見た」

剣道と柔道と合気道それぞれで。
あらら、これは大好きなレイを取られて相当ご機嫌ナナメだな。人体模型をエレンに見立てる程だもんね。それから家に着くまで何やら独り言を呟いていたミカサだが内容は至って物騒だったので触れないでおく。ちなみに一家で一番強いのは何を隠そうハンジお爺ちゃんである。


*


「長く保たれていた平和はたった1人の悪魔が来たことによって崩壊した。目に突き刺しても痛くない程に可愛いレイの彼氏がコンニャクより軟弱な男だなんて!信じられるか!?私は到底信じられない!この世に生まれ云十年と生きてきたがあんなに衝撃を受けたのは初めてだった、鼻血が出るかと思ったよ」
「うん」
「それであの変態をどうする」
「射抜く」

消すなら跡形も無く消さないと。
試合の時の様な意気込みだ。

「跡形も無く消す…か、悪くねぇ」
「そうだ。レイを守れるのは私達だけ。今は亡き妻に生前言われたんだ、子供達をよろしく頼むと。それを軽んずるなど武道を極める我がローゼンハイム家にあってはならない!だから!跡形も無く!消す!愛する妻よ見ててくれー!私はやってやるぞー!」

高らかに叫ぶエルヴィンにミカサが無表情で拍手をしているが顔に出ないだけで『さすがお父さん!』と思っている。方針が決まったとリヴァイは用意しておいた大きなホワイトボードにマジックでカキカキと書き始めた。

「いいか?まず俺がありとあらゆる(ピー)を(ピー)してからミカサが(ピー)で(ピー)。最後に親父が(ピー)で(ピー)。これで跡形も無く消せる」
「さすが私の息子!若干規制音が多かったが素晴らしい作戦だ!」
「まずお兄ちゃんがありとあらゆる関節を外してから私が弓で射抜く。最後にお父さんが刀で切り刻む。これで跡形も無く消せる、わかった」
「さすが私の娘!規制音だらけなのに内容を察するとは素晴らしい!」
「いつやる?」
「午前、それも寝起きにしよう。寝起きの脳は26時間眠っていない人の脳より働きが悪いそうだからね」

再びミカサが無表情で拍手をする。

「全ては愛するレイの為だ!」
「2人には?」
「ジジイもミケも戦力外だ、一大事っぷりが欠片も分かってねぇ」
「あぁ父さん…ミケ…!これじゃローゼンハイム家先祖に顔向け出来ないぞ…」
「顔向け出来ないのはどう考えても父さん達だと思うんだが」
「何言ってやがる」「お帰りなさい」
「俺の部屋で何してるんだ」

風呂上がりの長男が部屋に戻ってきても第一声にミケ!風邪を引かない様にしっかりとタオルで拭きなさい。と言い放つ親父。それを華麗に無視して隙間なく書かれたホワイトボードに近付く。すんすん。まじまじ。

「もしかして作戦を聞「いやいい」

ミケは盛大な溜息をついた。
本当に何をしてるんだか。

「エレンか」
「鋭い!さすが私の息子!」
「レイの好きにさせてやれ」
「彼氏がコンニャクで許せるのか?」
「(コンニャク?)好きになった男と付き合って何がいけない」
「じゃあお兄ちゃんはコンニャクと付き合えるの?」
「むしろ付き合いたい奴がいたら教えてくれ」

言葉のキャッチボールとは。
ミケは2度目の盛大な溜息をつくとベッドに腰掛けポチポチとスマホを操作し始めた。長年同じ屋根の下で生活してきた家族なのに時折キャッチボール出来ない時がある。特にレイが絡むと。
父親はよくあるとしても今日は弟と妹までそうなるとは…こんな時は無視してさっさと寝てしまうに限る。ポチポチ。

「リヴァイ、ミカサ!レイがエレンとデートをするまでに仕留めるぞ!!」

ポチポ…一旦その宣言に手が止まる。だがそれも一瞬、また操作し始める手。
俺と爺ちゃんはレイから聞かされていた。
明日デートだと。

「まぁ頑張ってくれ」

うん、言わぬが仏。

- ナノ -