分隊長は私達を信じてくれたから私達も分隊長を信じてきた。その気持ちに偽りはない。半人前の私達をいつも導いてくれた。その行為に偽りはない。だから裏切られた気持ちもない。撃ち尽くされ弾が1つも装填されていない銃が手から抜け落ちる。
ブラックリストに載っているイーター達が現れたとの緊急要請を受けてこの廃ビルまで来たは良かったが、低脳だと思っていたヤツ等に班が分断されるとは。完全に油断していた。この数じゃ死ぬ。もう、ダメだ。

(その時に一瞬で何かが起きて)

『――…!――』

また死ぬ一歩手前にいる私を助けてくれた。電波が悪いのか耳から流れる無線の内容は分からない。数秒前に襲い掛かって来たイーター達は頭部がもがれ、手も足も引きちぎられた人間では到底出来ない仕方で死んでいる。すぐ隣にいるアルミンもその光景に言葉を発する事が出来ない。ただ泣くのを堪えている様に見えた。

助けてくれた分隊長の目が赤い。

「間に合ったか」
「…な、んで…」
「来るまでよく凌いだな」
「…どうして…っ」

堪え切れずアルミンは泣いてしまった。
彼の頭を撫でる手、表情、全てが優しい。
私は泣かない。
何かの間違いだ、嘘だ。

「裏切る形になってすまない」
「嘘です」
「っミカサ…?」
「嘘じゃない」
「嘘です、すごく強いからそう見えただけ」
「お前が見た事は事実だ」
「絶対に違います」
「ミカサ!」
「アルミンは黙って!!」

私は泣いてなんかいない。

「絶対に…信じない…っ!」
「あぁ」
「嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!」
「そうだな」
「イーターなんて、嘘に決まってる…っ!」

報告書が出来ていません
手が滑ってシュレッダーに落ちた
2時間後に提出です
手が疲れて無理だ
分隊長は強いから何のそのです
後でやっておく
明後日の方向を向いてます。アルミン、分隊長から絶対に目を離さないで
わ、わかった
部下が優秀でサボれない

「本当にすまなかった」

裏切る形になってしまって。
ミケは涙を流す2人を抱き寄せた。
生身のままだったら間に合わず殺されていた。後悔はない、大切な部下を救えたのだから。こうする事が最善の選択だった。

「調査兵団に入ったのは仲間に情報を流す為だ」
「え…?」
「兵士として戦う傍ら人間を捕食していた」
「そんな…」
「本来なら敵対する立場にいるお前達を殺しておく事も出来た」

そうしなかったのは、と構わずに話を続ける。

「そういう感情が残っていたからだろうな。それでも、」

やはり人間にはなれなかった。
最初から最後までイーターだった。
落ちたミカサの銃を拾うと弾を装填し手渡す。使い慣れたはずなのに鉛の様に重い。

「前に聞いたのを覚えているか?知ってる奴がイーターだったら殺せるかと」
「…でき、ません…」
「私情を挟むのは規則違反だ、殺れ」

ミケはホルスターから銃を取り出すとアルミンの眉間に突き付けた。その瞳は再び赤く染まっている。

「分隊長!」
「でないと死ぬぞ?」
「っ…!」
「分かりきった事で迷うな」
「ミカサ!」

引き金に手を掛ける。
次の瞬間に大きな銃声がした。


ふとレイが暗闇の中を振り返る。

「レイ?」
「いや…何でもない」

銃声が聞こえたとは…何故か言えなかった。


手の震えが止まらない。
倒れたミケを見つめたまま一歩も動かなかった。立ち尽くすミカサを余所にアルミンはある事に気付き、そろりとミケが使っていた銃を手に取る。

「!こ、れ…」
「アル…ミン…?」
「…弾が…1発も入ってない…」
「!」
「最初から、こうさせる為に…」
「…ごめん…なさい」

倒れる上司に寄り添う。
生気を纏っていない開かれた瞳に私が映る事はなかった。涙が止まらない。

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
「ミカサ、」
「ごめんなさい」
「…分隊長なら良くやったって…」
「私は…っ!」

イーターを殺した筈なのに。
どうしてこんなに悲しいんだろう。
2人はいつまでも泣く。
その涙が身体を濡らしても彼が目覚めることはなかった。

人はいつだって、いろいろなものにさよならをいわなければならない
ピーター・ビーグル

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