「これが…紅茶…」
「飲みたいって言ってただろ」

向かい合わせに座っている2人。
ジャケットを着ていないリヴァイと彼のジャケットを着ているミケ。
派手な服装も化粧もやめろという注文を付けられたのは初めての事、かといって地味な服を持っていないので黒のドレスならと着て来たのだがやはり露出は激しいわけで。そこでリヴァイは自分のジャケットを着せているのだった。脚が見えてしまうのはこの際仕方ない。

ティーカップに注がれた琥珀色の紅茶を飲んでみる。すんすん。ふわりとした花のような香り。情けない事にありきたりの感想しか出てこない。

「…そんな風にカップ持つんだ?」
「それがどうした」
「別に。変な感じ、この時間帯は…って此処で言うべき事じゃないか」

化粧をしていないからか幼く見える。
これはデート?なんて聞いてきたから、だったら制限時間のうちに全部済ませるぞと空になったカップを確認して席を立つ。やはり服装故に視線は集まるようで、彼女に。

「チッ、さっさと来い」
「どこ行くの?」
「馬に乗ってみたいんだろ?」


*


「チッ」

美しい毛並み。艶々している。
初めて間近で見るが思ったよりも大きい。
堂々と兵団の馬舎に部外者を入れているが、エルヴィン団長とも話をしている人だからと周りの兵士は何も言わなかった。視線だけを残して。
恐る恐る手を出してみたが馬は大丈夫だよとでも言うように彼女の手に擦り寄った。

「初めての触れ合いはどうだい?」
「…かわいい」
「だそうだ」
「ジロジロ見やがって…」
「どうやら全く聞こえてないらしい。さ、乗ってみよう」
「ど、どうやって乗れば…」
「私の手を握っていいよ。そこに足を掛けて…次に…そう、ほら乗れた。リヴァイ」

エルヴィンが呼び掛けると、やっと意識がこちらに戻ったのかあっという間に後ろに跨り手綱を手にした。

「じゃあ行ってくる」
「気を付けて」

真後ろに兵士長がいて密着してる。2人乗り、顔が一気に熱くなる。心臓の音ってこんなに大きく聞こえたっけ?他の男には何されようとこんな風にはならないのに。
緊張を余所に馬はゆっくりと歩き出す。今度もどこへ行くかは知らない。会話をするべき?それとも黙ってるべき?口を開いたのはリヴァイだった。

「おい、ジャケットもっと前に引っ張れ」
「急に言われても無理」
「やれ」
「胸でこれ以上前にいかない」
「…チッ」
「ふふ、さっきから舌打ちばっかり」

走る時の風が柔らかい。
いつもなら頭で考えて身体で考えて機械のように男に演技をしているけれど、兵士長といる時はそういうのすらいらなく感じられて。悪いものが全部落ちたような、ありのままの自分でいられる気がする。
腐る程に見てきた世界が真新しい。
不思議な人。

「…此処ならいいか」
「綺麗…」
「勝手に遊んでろ。俺はそこで見てる」

しばらく走って着いたのはサラサラと静かに流れる音が耳にすり抜ける小川。先に降りると手を差し出され、それを握り降りるとリヴァイは馬と共に水際へ移動した。一緒に遊ぼうなんて誘う歳でもないし誘ったとしても彼は断固拒否だろう。
早速ヒールを脱ぐと小川の中へ1歩入ってみた。足首まであるかないかの深さ。ひんやりとした冷たさが緩やかに伝わってくるのがなんだか楽しい。

「見て、太陽に当たって光ってる」
「そりゃな」

両手で透明な水を掬い、その手をバッと振り上げればキラキラした欠片となって降り注ぐ。私の世界にもまだこんなに綺麗なモノが残っていたんだ。

「ガキみたいにはしゃぎやがって。そのうちすっ転ぶぞ」
「ふふっ」
「なんだ」
「怒ってるのに何だか楽しそう」

パシャパシャと水を鳴らしながら目の前まで来ると黒い瞳を前と同じく覗き込む。ドレスの短い裾の先端がヒラリと水に浸され、伸ばされた手をリヴァイは握った。このまま時間が止まればいいのに。

「兵士長、今日はありがとう」
「リヴァイ」
「?」
「兵士長はやめろ」
「名前で呼ぶと…また会いたくなるから」

離れたくない。もっと兵士長と一緒にいたいって思う。これがハンジの言ってたことなら。
でも私は人形。私は娼婦。
限られた時間を過ごせてるだけで満足と思うべきなんだ。次の客の時間がすぐそこに来てる。もう帰らないと。

「ねぇ兵士長、最後に我侭言っていい?」

互いの息がかかるくらいに近い。

「キスして、好きって言って」

嘘でいいから。
リヴァイは何も言わず優しく口付けた。

「好きだ」


人が心から恋をするのはただ一度だけである。それが初恋だ。
byブリュイエール

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