天気は晴れ。
真っ白のワンピースを着る。
髪は結ばないまま。
今日は探検も図鑑もない日。
もぬけの殻の調査兵団の兵舎。
彼等は生と死の境目にいる。

「今日もセンタクビヨリ」

ほら、太陽があるよ。
小さい指が高らかな空を指差す。

「たくさん乾きそう」
「帰ってきたら図鑑いっしょに読もうね」
「もちろん」
「あといっしょに遊ぼうね」
「それまで風邪を引かないように」
「手洗って、うがいしろよ?」
「うん、ミカサとエレンも」
「ありがとう」
「じゃあなレイ」
「うん」

馬に乗り兵士は自由の為に死地を駆ける。
人類の未来は彼等の命に委ねられているが結果がどうなるかは誰にも分からない。
それでも希望を託す。
必ず明るい未来が来ると信じて。
2人だけじゃない、多くの兵士達が話をしに来てくれた。有りきたりな話、根拠はないけどそれが1番いいと思ったからレイは頑張ってねも、さようならもいってらっしゃいも言わなかった。

「レイ」

話し終えた時に聞こえた自分を呼ぶ声。
誰と話していてもすぐ分かる。
何回も名前を呼んでくれたんだもん。
この声を忘れるわけがない。
振り返ればほら。
ミケもリヴァイも、ハンジもナナバもいた。
兵服に立体機動装置にマント。
レイの手首に巻かれているリボンと同じ色、自由の翼が彼等の背中に刻まれている。

「みんなかっこいい」

図鑑で見た単語の『ゆうしゃ』みたい。

「あー!レイと遊び足りない!」
「帰ってきたら遊ぼう?」
「絶対!」
「ケーキも食べよ」
「女3人で秘密に行こう!」
「うん」
「よし、ハグで元気もらった!」

明るくて元気で物知りな2人が好き。
両手を伸ばしてクイと兵服を引っ張られたミケは視線を下に向けた。兵団の中で一番の身長差がある。だから肩車と彼が好きだった。遠い所まで見えるから。すぐ怒るリヴァイのことも好きだった。彼は彼なりのやり方で優しくしてくれたから。

「また肩車してね」
「あぁ」
「飴もいっしょに食べる」
「心配するな、忘れてない」
「うん。リヴァイもだよ」
「帰ってくるまでにマシな頭になってたらな」
「ましなあたま?」
「馬鹿は知らなくていい言葉だ」
「…」
「まぁせいぜい元気でいろ」

ポンと2人に頭を撫でられる。
先に行ってるの声に返し、レイの目線の高さまでしゃがんだ。
この日が来るまで瞬きしかしていないんじゃないかと思うくらい、光のような速さで月日が流れて、初めて出会った時は睨みつける事しか出来なかったレイがこんなにも成長した。

「忘れものない?」
「ちゃんと確認したよ」

髪がまた少し伸びたね。ずっと伸ばすの。
もし壁の中に巨人が出てきても大丈夫だよ、わたしがやっつける。

「エルヴィン」

私を呼ぶ声がいつまでも木霊する。
手首のリボンを解くとそれを渡した。

「おまもり」

これが守ってくれる。
死なないんだよ。
かならず帰ってこれるんだよ。
だから安心だね。

「ありがとう。じゃあ私からも」

そう言って自分の着ていたマントをレイに着せた。地面に擦れるそれが着かなくなるまで成長した彼女の姿を見る事は出来ない。
これが最期の時間。

「ありがとう」
「どういたしまして」

勢い良く抱き着くとエルヴィンはいつもの様にぎゅってしてくれた。

「何があっても私はレイが大好きだよ、世界で1番だ」

抱き締められた時の体温が残る。
馬に跨ると風が吹きマントが揺らめいた。
自由の翼。
泣かないって決めた。笑うの。
帰ってきた時に泣いていたねって言われるのは嫌だから。あなたの記憶に残る私は笑顔の私がいい。

「わたしもだいすきだよ、おとうさん」

ほら、エルヴィンも笑ってくれた。
開門と同時に高らかな声が響く。
これでおわかれ。

「人類存亡の命運は今!この瞬間に決定する!心臓を捧げよ!!」

これでおわかれ。
数十秒後には静けさだけが置いてかれて。

「…みんな…いっちゃった…」
「…うん」
「……おねぇちゃん、みんな…かえってくるよね…?」
「帰ってくる。だって…約束したんでしょう?大丈夫よ、大丈夫。絶対に…」

彼女はいたたまれなくなり、瞬間に大声で泣き出したレイを抱き締める。

彼等がこの先、この地を踏むことは二度となかった。

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