部屋には女が1人。
無造作に羽織っているバスローブの端々から露出した白く細い手足に、見えそうで見えない胸元。ベッドに腰掛け手招きする姿が妙に色っぽい。後ろ手にドアを閉めると彼女に近付いた。
「どうしたい?」
「生憎セックスには興味ねぇな」
「なら何?」
「話しに来た」
同じくベッドに腰掛ける。
この前の謝罪としてチビで短気な兵士長とヤるものだと思っていたから予想外の言葉に拍子抜けしてしまう。
エルヴィンが此処に来るのは仕事という名目だから分かるけどこの兵士長は話すだけ。たったそれだけの為に金を出したというのか。
兵士長はセックス、しないんだ。
「払った以上は文句言うんじゃねぇぞ」
「じゃあ…聞かれた事に答える」
「名前」
「ミケ・ザカリアス」
「出身は?」
「地下街」
ミケは煙草に火を付けた。
手を上げた時、スルリとローブが落ち顕になった肩を気にすることもなく彼女は話し始める。
「そうだな…どこから…」
「小さい時に両親が殺されて、」
「その日から身体を売って生きてきた」
あの場所は誰も助けてくれないから。
自分で何とかするしかなかった。
酒臭い大人達にいいように触られて縛られて舐められて突っ込まれてくわえさせられて、他にも嫌なことたくさんされたけど死ぬよりマシだと思ってやってきた。
「ハンジとも地下街で」
偶然落としたモノを拾ってあげて…あそこで生きてると相手が金持ってるか持ってないかすぐ分かる。礼を言われたから「礼をしたいなら私を買って」ってすぐに言った。
『名前は?』
『ミケ』
『お父さんとお母さんはどこ?』
『殺された』
『そう…大変だったでしょう。一緒においで』
手を差し伸べるフリして無理矢理してくるヤツに何度も会ってきた。それでもあの世界で逆らう事がどういう事を意味するか分かってたから一緒に行ったの。着いたのは此処と目と鼻の先にある小さな家。
驚いてる自分に笑いながら子供とセックスなんてするワケないでしょって、それからずっと面倒を見てくれた。
会った時にはもう此処を仕切ってて。
最初は何をする所かも教えてもらえず家で留守番してたんだけど、ある程度の年齢から此処で働くようになった。
「自分の意志でか?」
「そう、恩返しのつもりで」
本当は私じゃなくて自分の為に生きなさいって何回も言われてる。誰かに恋をして愛して愛してもらいなさいって。こんな事で一生を終わらせたらいけないって。
でもね、と2本目に火を付けた煙草がゆっくりと先端から燃えていく。
「知らない、身体を売る以外の生き方を知らないの」
身を乗り出して覗き込んできた瞳が青々しく光る。ほんの少しだけ悪戯に笑ったその顔が彼女本来の表情なんだろうか。
「ご満足頂けた?」
「あぁ」
「こんなの聞いても楽しくも何ともないのに、物好き」
更に身を乗り出して首筋に顔を寄せる。
彼は性のにおいもしなければ血のにおいもしない。不思議な香りがした。リヴァイは横目でじっと見ているだけ。嫌な気は、特にしない。煙草の火が服に燃え移りさえしなければ。
「おい」
「?」
「テメェがしたい事はねぇのか」
「セックスで?体位?」
「馬鹿か、何が食いてぇとかそういう事だ」
「ない。な…あ、ないわけじゃ…ない」
「言ってみろ」
チビで短気な兵士長はさっきから予想の斜め上を行く事ばかり言う。いや待って。願望という大きさで表すのは笑われるかもしれない。でも今は兵士長の相手をするのが従うべきルールであって。
「笑わない?」
「笑わねぇよ」
「…馬に…乗ってみたい」
「他には」
「水で遊ぶ…とか。あとは紅茶飲んでみたい。どうして聞くの?」
「さぁな」
物好きどころか変人だ。
名残惜しさが微塵もなさそうに腰掛けていたベッドから立ち上がる。また来るとか、リヴァイは何も言わずに去ろうとしたがピタリと止まると再びミケの元に戻り落ちたローブを肩に掛けた。
「風邪引くぞ」
そして部屋から出て行った。
「…変なヤツ」
肩に触れる、何故か温かい通り越して熱い。
本当に変わり者。
次の客はもうすぐ此処に来るだろう。そしてセックスだらけ。こんなにもそれが億劫に感じるのは初めてかもしれない。
だとしたら兵士長のせいだ。
「……変なの」
何かが私に焼き付いたような気がした。