俺の名前はエレン・イェーガー。
とある会社の社員だ。毎日仕事で大変ながらも周りの人間関係に恵まれ生活はそれなりに充実してる。上司逹がすこぶる変人なのを除いて。

「資料置いておきます」
「あぁ」

見慣れてしまったパソコンに始まり、引き出し、ペン立て、ファイル、マグカップ、USB、ボールペン、手帳、赫赫云々…副社長であるリヴァイさんのデスク全体が今話題のアイドル、レイ・ローゼンハイムのグッズやステッカーで隙間なくデコられている。どうなってんだ。幹部のミケさんも同じ様なデスク。
極めつけはエルヴィン社長までもがそんな感じで…つまり3人とも彼女の熱狂的なファンだった。

「今夜のSステは新曲お披露目だ」
「レイちゃんが可愛過ぎて最近ライブじゃなくても泣ける」
「天使を見て泣かない者などいないさ!」

聞き慣れてしまったちょっと理解出来ない3人のいつもの会話。あまりに有名だから名前くらいは俺でも知ってる。でもレイ・ローゼンハイムのファンかどうかと聞かれたら違う。強いて言えばアイドルには興味が無かった。

「エレン」
「は、はい!!」
「コレを見ろ」
「…へ?」

2連休を迎えられる平日の終わり、たまには酒でも買って晩酌でもしようかと思っていたらリヴァイに呼ばれる。ミスをしたかもというエレンの心配を余所に彼が差し出してきたのはDVDのBOX2箱。

「テメェがレイちゃんを気になるって言ってたから持ってきてやった」
「えっ、と?…気になる…?」

もしかして昨日の会話か?
昼が一緒になって仕事の会話をして…一区切りついた所で聞いた記憶はある。

『今日終われば二度寝し放題の休み!』
『クソな使い方してやがる』
『リヴァイさんはレイ、ちゃん?ですか?』
『当然だ』
『どういう子なんだろ…俺よく知らないんで』
『ほう?』

「というわけで特別に貸してやる。まぁコレと俺からの話だけじゃ魅力の半分以下も伝わらねぇのが悲しい所だが目と心に焼き付けろ」

気になるだなんて一言も言ってねぇ。

「は「こっちがライブのコンプリートBOXだ。未公開シーンでのはにかんだ笑顔がとてつもなく可愛くてお前も泣くに違(略)こっちはCDとPVのコンプリートBOX。ミケはMIX全曲完コピ済みだか(略)歌とダンスは俺達が叩き込んでやるから心配するな。コレで人生最高の週末を過ごせ。ちなみにBOXに傷一つでも付けたら殺す
「わ…わかりました…!」

この人こんなに喋る人だったんだ。


*


「つっても…とりあえず見るか…」

上司の半端ない勘違いでこうなったとしても、借りてしまったからには見ずに返すわけにもいかない。別の意味で殺される。仕事以上に細心の注意を払いながらDVDを出しセット。リヴァイさん逹だったら酒飲みながら見ないんだろうが俺は飲みますよ。袋からガサガサと酒とつまみを取り出せばちょうどライブがスタートした。

「この子がレイ・ローゼンハイム…」

会社でもお構い無しに彼等が天使と盛り上がっている彼女がファンからの声援を受けそれに答えるように歌っている。
『心臓を捧げよ!』ってああやるんだ。

「1人でこの大きさかよ、すげーな」

一体このスタジアム何人入るのか。アイドル含めて芸能人のDVDなど見た事がなかったので新鮮だった。この掛け声やら踊りやらがMIX?これミケさん完コピとか。

「あー…さっきの曲良かったかも…5…?いや…6曲目のやつか」

思わず巻き戻す。意外と見入ってたらしい。
彼女は何曲目に入ろうがキラキラした表情を決して崩す事なくパフォーマンスを続けている。プロ故に当然だろうが数え切れないファン相手にここまで出来るのはすごい。

ちなみに途中映った眼鏡かけた性別不明の人の叫び具合がヤバかった。

『今日は本当にありがとう!みんな大好き!じゃあ最後にいっくよー!!レイちゃんに!?』
「心臓を捧げよ!!……あれ?」

数時間後。
最初から最後までライブDVDを見たエレンには1つの感情が生まれていた。誰もいない部屋でなんで俺ソファから立ち上がってんだ?なんで空の缶振り回してんだ?なんで未公開シーン見て泣いてんだ?あれ?

「…レイちゃんは…なんでこんなに可愛いんだ…?」

やべぇ。グッズ欲しい。


*


「おはようございます!」

2連休を終え月曜日。
デスクの上に丁寧にコンプリートBOXを置いたエレンの顔は金曜日に見た時の顔ではなかった。なんと明るく生き生きとしていることか。瞳の奥にはリヴァイ達と同じ情熱が宿っている。

「人生最高の週末を過ごせました」
「心臓を捧げられたか?」
「はい!」

たった2日でファンになってしまったエレン。よほど感動したようだ。デスクがレイちゃん一色になるのも時間の問題だろう。

「俺ッ!!レイちゃんの事がとても好きですとっても好きです!!!」

少しでもリヴァイが『うるせぇ』と思う声量を出せば蹴り飛ばしが炸裂する筈なのに、蹴るどころか非常に満足そうだった。彼曰くレイちゃん関係なら声のデカさなど気にもならないらしい。むしろデカい声ウェルカム。

「いい目になったじゃねぇか」

仕事しろお前ら。

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