某日のイーターによる調査兵団への襲撃は多くの死傷者や損害を出しただけでなく、帝国内に再び彼等の存在という恐怖を呼び覚まさせるに十分な出来事だった。

「先輩は?」
「お菓子買ってから来るそうですよ」

双子の姉と住んでいたこの家。
全てアニが生きていた時のまま。服も物も全部。動かしてもいないし捨ててもいない。
サシャは何も言わずに部屋を見渡した。
数日学校を休んだだけで変わらず登校してきた彼女に先輩であるナナバも心配していた。勿論イーターであった事実は学校側には伏せられている。

「ずっと…思ってた」

戻した視線を送り先を促した。

「いないのに」

いないって分かってるのに探しちゃう。
可笑しいよね。でも声が聞こえる気がして姿が見える気がして。目が追うの、何も無い空間を。耳が探すの、アニの声を。
でもある日に何でこんな事しちゃうかって分かった。寂しいんだね。まだ受け入れられない。イーターって事じゃなくて死んじゃった事が。涙も出ないのに寂しくて仕方ないの。その日から少しづつ死にたいって思うようになった。

「…死…にたいって…」
「これ以上誰かが死んだりだとか…傷付くの見るの嫌なの。…ううん、それは違うか」

サシャの手をギュッと手を握る。
人間のあたたかい手。
汚れていない手。

「本当はアニに会いたい」
「…」
「私のこと殺してくれる?」
「…え?」

驚きを隠せない様子にクリスタはポロポロと涙を流しながら笑っていた。

「…もう、ダメみたい。疲れちゃった…やっぱり生きてけない…っ」
「…クリスタ…私は…」
「ふふっ、何頼んじゃってるんだろう…ごめんね急に…」

(ねぇ)
(?)
(調査兵団に目星付けられたかも)
(レイさん達には?)
(伝えなくていい、何とかする)
(でもそれじゃ、)
(その代わり私に何かあったらクリスタの事、助けてやって)
(アニ!)
(あんたはあの子の親友だからさ)

目が赤い。姉の時と同じ赤。
そうだったんだ。
でも怖くない。それよりも安心感の方が大きかった。ごめんねエレン、本当にごめんなさい。頑張ってきたつもりだったけど生き抜く力が残ってなかった。ごめんね。私のお兄ちゃん、大好きだよ。

「私はあなたを殺せます」

ありがとうサシャ。
あなたのことも大好きだよ。
ずっとずっと親友だよ。


*


人間は、こうも簡単に死ぬ者だったろうか。
殺して欲しいと頼まれたから殺した。

「…あれ?」

足を引きちぎり齧ってみる。
だが瞬時に身体の奥から込み上げて来た嫌悪感と吐き気。口に入れた肉片と自分の赤黒い血を一緒に吐き出した。何度も咳が出てその度に口から血が出る。どんなに食べても一切飲み込めなくて。
食べれない。
不味いとか美味いとか、そういうのじゃない。なんだこれ。食べれない。どうして。

「はぁ、はぁ…う゛ぁ…っ!」
「サシャ…?」
「…せん、ぱい…?これ…食べれない…んです…」
「おい…何した…!何したって聞いてんだよ!!」

スルリと腕からずり落ちた袋もそのままに、ナナバは後輩の肩を両手で掴み有らん限りの力で揺さぶった。言われたことがよく理解出来ず首を傾げながらもサシャは今までの事を話し始めた。

「お前…」
「だから助けたんです」
「…死んでる」
「え?」

死んだ?クリスタが?
違う。助けたんだから死んでるわけない。
信じたくなくて横たわる死体を改めてよく見てみる。なんで?嘘だ。

「違います、違う…これはクリスタじゃない…殺してない助けたから違う…」
「クリスタだ」
「なに…じゃあ私が…殺し、たんですか…?」

私が親友を殺したの…?
赤黒い血と綺麗な血が混ざる手を見つめた。

「あ…ぁ…そんな、そんな…」
「…とにかく此処から離れるぞ」
「クリスタ…起きて、クリスタ!起きてくださいクリスタ!」
「早くしろ!」
「…殺した…ぁ…あぁ…アハ、アハハ!!ハハハハハ!」
「ちょ、おい!!」

フラリと立ち上がったサシャは窓から外へと飛び出した。慌ててナナバも後を追う。
一番仲の良かったクリスタを自分が殺して食べたって事実がアイツには重過ぎたに違いない。上手くコントロール出来ねぇからこうなんだよバカ!!世話かけさせやがって!

「ったく!」

あーあ!本当に本当に!
世話かけさせる!

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